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[第五弾]妹に言われたいセリフ

576 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 1 :2005/07/29(金) 02:58:59 ID:UwjDIQtE
 世界は千十一の要素で構成されて居る。
 私は、『血』。
 要素の、一つ。
 世界の、一つ。
 私は世界で在り、世界は私でも在る。
 私が変わる時、世界が変わる。
 ――私は、変わる。
 ヒトに、近付く為に。
 或いは其れは、愚かな事かも知れない。
 私は、決して、人間では無いのだから。
 伸ばしても、手は届かないのかも知れない。
 けれど、私は、伸ばし続ける。
 伸ばした手を、掴んでくれる人が居る。
 掴もうと藻掻く私を、励ましてくれる人が居る。
 私と同じ道を、歩む人が居る。
 私と、私の大切な人達の為に。
 私は、手を伸ばす。
 変わる為に。
 変える為に。
 私は、変わる。
 世界を、変える。
 私は『血』。
 己が司るものの為に。
 己自身を変えてみせる。
 私は『血』。
 世界の一つ。
 そして、世界其の物。
 そして、私は――ヒト。




577 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 2 :2005/07/29(金) 03:00:41 ID:UwjDIQtE
「ふぅ・・・・」
「・・何よ、溜め息なんて」
 思わず出た其れに、五十鈴が反応する。
「疲れてるの?」
「ん、まあ、な」
「色々大変だったみたいだね。 あの子とお兄さんに言い訳とか」
「嗚呼・・特に有紗・・・・涙目で迫られると、な・・嘘の罪悪感、と云う奴か」
 五十鈴の座るベッドの右手、詰まり私の向かいに座る秋に答える。
「・・お墓、作ってくれたんだっけ?」
「ん、猫の、な」
「・・奈菜・・・・その」
「謝るなよ。 済んだ事だ」
「・・・・分かった。 有り難う」
「飼い猫が死んだんだ。 当然の事をした迄さ」
 猫のセツは、事故で死んだ。
 私も巻き込まれ、軽い怪我を負った・・そんな言い訳。
 心苦しいものは在るが、二人を是以上巻き込む訳にも行か無いだろう。
「さて・・そろそろ出ようか」
「そうね、もう時期面会時間も終わりだし」
「毎日晩くまで、悪いね」
「友人を見舞いに来て、晩く成ってしまうだけだ。 普通だろう?」
「はは、それもそうだ。 でも、お兄さんと一緒、が良いんじゃないかい?」
「・・・・有紗みたいな事を言うな。 お兄ちゃんは・・」
「お兄さんは?」
「・・・・・・補習だ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・ご愁傷様、ね」
「・・お兄ちゃんの、努力不足だ」



578 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 3 :2005/07/29(金) 03:05:38 ID:UwjDIQtE

「只今」
「お帰り」
 リビングから、出迎えの声。
「ちゃんと真っ直ぐ帰って来て居た様だな」
「お前は俺の保護者か」
「足が治る迄はな」
「・・・・了解」
 リビングに入り、ソファーに座る。
「直ぐ無理をするからな、お兄ちゃんは」
「そうかぁ?」
「そうだ」
「奈菜の方が、よっぽど無理してると思うんだがなぁ?」
「私・・がか?」
 不意を打たれ、隣の史也を見詰め返す。
「おうよ。 こないだだって、セツ助けようとして・・怪我したんだろ?」
「嗚呼、うん・・・・まぁ、な」
 少し、視線を泳がせて仕舞う・・嘘と云うものには、慣れないな・・・・。
「それに、すぐ自分だけで抱え込んじまう。 限界の限界まで、な」
「・・・・・・そう、かも・・な」
「俺はよぉ、奈菜がいつか背負ってるもん背負いきれなく成って、潰されやしねーかと心配なんだよ」
「・・・・・・」
「ま、話聞くだけなら出来っから・・な? 何時でも頼ってくれていーぜ。 頼りになんねーけどな」
「そんな事、無い・・。 頼りに、してる」
 史也は・・是以上の無い、私の支えだ。 私の、生きる、理由・・だ。
「・・あー・・・・帰って来てすぐの話じゃねーな。 ま、あれだ・・・・晩飯でも食うか?」
「・・そうだな。 夕飯にしよう」
「それじゃ、たまには奈菜がつく「断る」」
 ――間。
「・・私だって、美味いものの方が良い」

579 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 4 :2005/07/29(金) 03:07:40 ID:UwjDIQtE
「花嫁修業とか、する気無い訳?」
「行かないから良い」
「・・お前ね」
「奈菜ちゃんは、お兄さんの元で幸せになるので料理スキルなんざ必要ないんですっ」
「っ!」
「おわっ、有紗ちゃん!?」
 突然の割り込み声に、私も大声を上げそうに成った。
「・・・・有紗」
「なにかな?」
「何時から、何故、家に居るんだ」
「最初からいたよ」
「・・俺も気付いてなかったんだけど」
「お兄さんは鈍いから♪」
「そんな問題じゃないと思う・・」
「今日はね、久し振りにお兄さんの料理が食べたくなりましたっ」
「・・・・・・そうか。 なら、食べて行くと良い」
「ん、それじゃ今日のメニューは有紗ちゃんの好きな料理でいこうかな」
「お、カレーですか? 楽しみですー」
 ――――有紗の父は、他界して居る。
 そして残された母は、女手一つ・・と云った次第だ。
 ・・・・しかし酷なもので、彼女は遺伝性の心臓病と云う、病持ちでもある。
 倒れれば、有紗は祈るしかない――其れは、幼い頃から有紗を縛る、茨。
 だから、何時からか・・有紗の母が帰らぬ日には、我が家の夕飯に有紗が加わる様に成った。
「今晩は泊まってくんだろ、有紗ちゃん」
「良いんですか、お兄さん?」
「初めからその心算だろう」
「ふふ、さすがは奈菜ちゃん! わたしのことなら何でもお見通しってヤツだね?」
「二人とも手伝ってくれよ。 こういうときゃ、皆で作った方が美味いもんだ。 ――あ、やっぱり奈菜は手伝わなくていいぞ」
「・・如何云う意味だ」
「そういう意味だ」

580 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 5 :2005/07/29(金) 03:09:04 ID:UwjDIQtE
「ならボクが手伝おうか」
「っ!」
 背後からの声に、又も上がりそうに成る声を抑える。
「お邪魔してるよ」
「・・・・・・何故此処に居る、ウィル」
「ああ、俺が呼んだんだ。 事故ん時世話に成ったらしいから」
「うげぇ、変態銀髪っ! こんな所まで奈菜ちゃんのストーカーっ?!」
「有紗、史也の話、聞いてたかい?」
「聞いてたわっ! 一度たまたま偶然奈菜ちゃんを助けたからって、それにつけ込んで家まで無遠慮に! 恥を知りなさい!」
「恥は純血日本人の君に任せるよ。 史也、何をすれば良いかな?」
「ジャガイモの皮むきでも頼もうか。 地味だけど」
「地味な仕事は嫌いじゃないよ。 引き受けた」
「わ、私を無視するにゃーっ!」
「有紗ちゃんは他の食材切り分けてもらおうかな」
「あ・・は、はい、分かりました」
「よし、くっきんスタート」
 それぞれが仕事に入る。
 地味なカリスマ性だな、史也・・・・所で。
「・・・・お兄ちゃん、私は?」
「ん? テレビでも見てろよ」
「・・・・お兄ちゃん」
「睨むな睨むな、冗談だ。 丁度福神漬け切らしてたから、買って来てくれ。 コンビニ行って」
「・・まぁ良い。 分かった、買って来る」
「あ、奈菜ちゃん出るの? 一人じゃ危なくない?」
「ボクがつい「アンタは黙ってて」」
「・・・・一人で大丈夫だ。 行って来ます」
「おう、行ってらー」
 史也の送る言葉を背に、外に出る――と、見慣れない男。
「よう」
「・・・・誰だ」

581 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 6 :2005/07/29(金) 03:11:46 ID:UwjDIQtE
「ウィルのお仲間ってとこかな」
 千客万来とは、この事か・・。
「何の用だ」
「一人じゃ心許なかろうと思ってな。 この前みたいに、行き成り何か仕掛けられないとも限らん」
「・・・・そう、だな。 じゃあ、付いて来て貰おうか」
「おう。 俺はエイジ」
「知って居るとは思うが、奈菜、だ」
「ん、宜しく」
「それじゃあ、行こうか。 ・・エイジ、お前も食べて行く気か?」
「あーいやいや。 もう一人仲間が居てな、腹空かして待ってるから食いもん買って帰るわ」
「その序で、と云う事か」
「ま、そんな感じだ」
 街灯が照らす、コンビニへの短い道を歩く。
 そこそこ近い場所なので、偶に史也が利用したりする。
「・・お前らの目的は何だ?」
「あん? 俺らの?」
 暫し、考える仕草。
「分からん」
「・・・・おい」
「いや、マジ。 俺らはウィルに付いてってるだけだからな。 奴に聞いてくれ」
「・・ウィルに聞いても答えないから聞いたんだがな・・・・なら、お前等は如何云う関係なんだ」
「ウィルは・・命の恩人、かな」
「ウィルがか」
「そ。 俺らは『新しい要素』なんだよ」
「『新しい要素』?」
「そう。 世界誕生の頃から在る要素じゃなくて、それ以降から生まれた要素。 ウィルは違うけどな」
「・・・・要素が新しく、『生まれる』? そんな事が、在るのか?」
「『死ぬ』事が在るなら、当然だろ」
「・・・・」
「俺ら『新しい要素』の存在を認められない奴らも居てね。 そういう奴らから、身を護る手段みたいなのを手解きされたり、な」


582 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 7 :2005/07/29(金) 03:13:42 ID:UwjDIQtE
「新しいものを、認められない・・」
「あんたの敵と同じ様な所もあるな。 ・・ま、身を護る手段つっても、逃げ方とかだけどな。 ――着いたぞ」
 上げた視線、コンビニの光に一瞬目が眩む。
 ――そして浮かぶ、幼いシルエット。
「・・・・お前、何で此処に居んの」
「エイジ〜、おそいぃ〜。 マイ、おなかへったぁっ!」
「だからって此処まで来るか・・このアホ」
「なんでアホっていうの、バカエイジっ」
「今この街がどんだけあぶねーか、分かってんのかテメーは」
「しらない! いまはマイのおなかがあぶないのっ!」
「コイツは・・・・はぁ、まー良い。 とっとと買い物済まして帰るぞ」
「それでよろしい」
 ぺしっ。
「いたっ! なんではたくの、バカエイジ!」
「イラついたからだ」
「いしゃりょうよこせー!」
「飯は要らんのか」
「マイねー、ツナマヨおにぎりがたべたいなー」
 ・・・・漫才の様なコンビだな。
「・・家で食べて行くか?」
「「え?」」
「良いのか?」
「いいのっ?」
「・・同時に喋るな。 今更一人二人増えた所で変わらん。 どうせお兄ちゃんも多めに作って居るだろうしな」
「わー、ひさしぶりにまともなメシにありつけるっ」
「・・妙な言葉ばっか憶えやがって。 悪いが、是非頼む」
「ん。 大勢の方が、楽しいだろう。 さっさと福神漬けを買って帰ろう」
「おお、カレーだねっ? マイねー、カレーも好きー」
「そうか。 有紗と気が合いそうだな」



583 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 8 :2005/07/29(金) 03:15:42 ID:UwjDIQtE

「お風呂上りましたー」
 有紗の声が、リビングに響く。
「おー、そっか。 んじゃ、俺も入るかね」
 時計は、短針が十と十一の間を指して居た。
「それじゃ、私達は先に寝るぞ」
「んー、お休み」
「お休み」
「お休みなさーい」
 階段を登り、私の部屋に二人で入る。
「いやいや、中々賑やかな夕べでしたなー」
「賑やかと言うより、騒々しかったな・・」
「まぁ、あれ位騒がしい方が楽しいって事で!」
「・・大半、有紗が騒いだんだがな」
「そう、あの変態銀髪! 事あるごとに、奈菜ちゃん狙いやがってっ」
「・・・・・・もう寝るぞ」
「あ、奈菜ちゃんっ」
「何だ」
「一緒・・良いか、な・・・・?」
 私のベッドと私自身を見ながら、遠慮がちに尋ねる。
「・・他に何処に寝る気だ」
 二人では少々狭いベッドに、並んで横に成る。
「電気、消すぞ」
「うん」
 カチ、カチ。
 二つの段階を経て、暗闇が私の部屋に満ちた。
「奈菜ちゃん」
「何だ?」
「・・手」
「うん」

584 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 9 :2005/07/29(金) 03:18:17 ID:UwjDIQtE
 伸ばされた手を、握る。
「・・・・奈菜ちゃんは、私のお姉ちゃん」
「・・ん?」
「そんな、イメージ。 昔は、すごく大人な感じで・・私のお姉ちゃんみたく、見てた」
「今は?」
「・・・・すごく優しいお姉ちゃん」
 ふふふ、と笑い声。
「妹よりかわいーお姉ちゃんなんて、反則だー」
「・・有紗の方が、余程可愛いと思うんだが」
「うそだー」
「有紗は・・自分に素直に成れる。 私には、無理だ」
「奈菜ちゃん、最近段々素直に成ってるじゃん」
「未だ未だ有紗には敵わないさ」
「私も結構素直じゃないとことか、あるよー?」
「知って居る」
「・・何でもお見通しだね」
「有紗程じゃ無いさ」
「もー、さっきからそればっか」
「そうだな。 ――――有紗」
「んー?」
 空いて居る方の手を、有紗の頭に回し、撫でやる。
「・・素直に成って良いぞ」
「奈菜・・ちゃん?」
「大丈夫だ」
「・・・・・・・・奈菜ちゃ・・・・ぐす・・・・ななちゃぁ・・っ」
「よしよし・・」
「ふぇ・・ぇ・・・・奈菜ちゃん・・お母さん、おかあさんがぁ・・・・」
「大丈夫だ・・お母さんなら、又直ぐに良く成るから」
「だって・・だってぇ・・・・今度は、ダメかもしれないよぉ?」
「大丈夫・・お母さん、何時だってちゃんと、帰って来ただろ?」


585 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 10 :2005/07/29(金) 03:20:27 ID:UwjDIQtE
「ぐす・・・・だって・・だって・・・・・・おかあさん、おかあさん・・がぁ・・っ・・・・うえぇぇ・・」
「よしよし・・・・大丈夫・・大丈夫だから――」
 泣き疲れて、眠る迄・・私は、有紗に言い聞かせ続けた。


 暗闇がその場を支配して居た。
 彼女に意識が戻っても、瞳は一切の光を捉える事が出来なかった。
「――目が覚めたかしら?」
 覚醒し、どれ程の時間が経ったのか――或いは、間髪置かずにで在ったのか。
 次にその場を支配したのは、少なくとも彼女のものでは無い、女性の声。
 その声を辿り、記憶を引っ張り出す。
 自分は、何故此の様な状況に置かれて居るのか。
 相手――声の主は誰なのか。
 そもそも、自分は誰だったのか・・。
「――『恐怖』」
 口に出た、相手の名前。 其れを糸口に、一気に記憶が蘇る。
「貴様――此処は・・何の、心算だ・・」
「私は逃げやしないわ。 ゆっくり整理しなさい、焼」
「・・・・・・・・・・・・此処は、何処だ」
「貴女の学校の、保健室」
「出鱈目を、言うな」
 学校――何年も見続けた、ヒトとしての己の職場。
 其処を、見間違う筈が無い。
「本当よ。 少し、暗くして居るけれどね」
 闇が、彼女の声に蠢いた。 『恐怖』――二人目の眷属。
「・・私を、何故生かして居る。 如何する心算だ」
「ふふ・・また操るのも、良いかも知れないわね。 前よりもっと簡単よ?
 貴女には、私に敗れた・・『恐怖』が、刻み込まれて居るんだから」
「く・・っ!」
 見える訳では無い。 それでも、焼は虚空を睨み付けた。


586 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 11 :2005/07/29(金) 03:21:55 ID:UwjDIQtE
「うふふ・・安心して。 私が貴女に与えるのは――寧ろ、幸福よ」
「何を・・・・」
「其れは、私の幸福では無いけれどね・・ふふ」
 瞬間、蠢く闇は焼を中心に集結した。
「っ・・! 何、を・・・・!!」
「――左様なら、焼」
 闇は焼の意識へ染み、徐々に、徐々に、彼女の意識を奪って行く。
 其れは寧ろ、甘美とも言える・・眠りへの、誘い。
「貴女の使徒としての生命は・・・・此処で、終わる。 お休みなさい――」


 閉じて居た瞼を、ゆっくりと開ける。
「何を『視て』いた?」
「――やぁ、エイジ。 起きて居たんだね」
「未だ日付も変わってねぇよ」
「そう言えばそうだ」
 備え付けの冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出し、二つのコップに注ぐ。
「ほれ」
 差し出す右手に、其の片割れ。
「有り難う、頂くよ」
 つい、と一口。
「で、何を?」
「・・・・彼女さ」
「それじゃ分からん」
「『恐怖』」
「・・何か、動いたのか」
「まぁ、ね。 ちょっと予想外・・だけど、案外予想内」
「・・どっちだよ」
「ふふ、どっちだろうね。 まぁ其れより差し迫った問題が在るよ」
「何だ」


587 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 12 :2005/07/29(金) 03:23:11 ID:UwjDIQtE
「近々『狩り』が来る」
 エイジの、動きが止まる。
「・・・・何人位だ?」
「根源一人と、現象一人・・後は」
「後は?」
「――――始原」
「なっ・・・・?! 始原が、『狩り』なんぞに参加するってのか!?」
「ふふ・・彼は、昔っから融通が利かなくてね。 『新しい要素』なんて、認められないんだよ」
「笑い事じゃねぇだろ・・」
「そう、だね。 ・・・・エイジ」
 表情に、真剣なものが加わる。
「・・・・何だ」
「頼みが、在る」
「何を今更」
「・・・・君の命に関わる」
「・・・・・・」
「彼は、奈菜を『殺し』に来る。 『世界の変容』を、潰しに」
「『恐怖』と、同じだな」
「『恐怖』も、『殺さ』れる。 彼女も、変わり過ぎた」
「・・・・皆殺しかよ?」
「はは、殆どそんなものだね。 其れで、だけど」
「ああ・・」
「君の命・・ボクに、くれ」
「はっ・・・・そんなもん、当の昔にくれてやってるぜ」
「・・・・済まない」
「・・マイは――」
 向かいのベッドを見遣る。
 布団に包まり寝息を立てる、小さな生命。
「――彼女も、だね・・」
「・・・・未だガキだが、その覚悟ぐらい、出来てるだろうさ」

588 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 13 :2005/07/29(金) 03:24:30 ID:UwjDIQtE
「・・御免よ。 ボクの、我が儘で――」
「言いっこ無し、だぜ。 そんくらいしねぇと、とても返せる恩義じゃねぇからな」
 煽り、コップの中身を飲み干す。
「何をすりゃ良い」
「時間を稼いで欲しい」
「時間?」
「奈菜と、彼女が決着を付ける迄の時間」
「お安い御用だ・・と言えないのが辛い所だな」
「頼む」
「おーけい、やるだけやってみるさ」
 立ち上がり、窓を見る。
 ガラスに映る、エイジとウィル。
「ウィル」
「何だい?」
「お前が、奈菜に――あの二人に拘る理由は何だ?」
「・・・・・・」
 コップに残った水が揺れる。
「奈菜は・・・・ボクに似てるんだ」
「・・ウィルに?」
「ふふ、そう、ボクに。 だから――」
 水を、一気に飲む。
「だから・・ボクの代わりに――――見付けて、欲しい・・」


「・・風、騒ぐわね」
 深夜の病室。 五十鈴の声が、暗い病室に響く。
「そうだね」
 答える声は、秋。
「――『狩り』が、来るって」
「・・『狩り』?」

589 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 14 :2005/07/29(金) 03:26:21 ID:UwjDIQtE
「『世界』の中の・・新しいものを認められない人達。 『変容』を、潰しに来る」
「・・・・あの時の、私と、同じ・・?」
「そうなのかも」
「そう・・」
「・・難しいかも知れないけど、姉さんは僕が護るから」
「何言ってるの。 弟らしく、私に護られてなさい」
「もう姉弟じゃなく、恋人同士でしょ?」
「こいびっ・・・・んんん・・まぁ、その・・ね」
「はは。 それじゃ・・退院の準備しとこう」
「退院って・・」
「すぐに出られる準備、って事。 病院でやりあう訳にも行かないでしょ」
「そう、ね・・動き易い服、用意して貰わなきゃ」
「ああ、あれ良いんじゃないかな。 ほら、姉さんと初めてデートした時の」
「でっ、デートじゃないわよ、あんなのっ! 一緒に映画見ただけじゃないの!」
「どの日の事とは言ってないんだけどな〜?」
「うっ・・・・しまった・・」
「――立派に、デートだったよ。 楽しかった」
「・・私も・・楽しかったわよ」
 秋と五十鈴の、記憶。
 『切』と『断』が体験した訳では無いが、其れは確かに、二人の記憶なのだ。
「はは、洒落っ気の無い服だったけどね」
「う、五月蝿いわね! 私なりに精一杯お洒落したのよっ!」
「知ってるよ。 可愛かったよ・・珍しく」
「・・余計なのよ、一言」
「未だ、もっとデートするんだ。 死んでなんか、居られない」
「・・・・当然よ。 私達は、生きるの」
「変わり続ける世界で」
「変わり続ける、永遠と共に・・ね」




590 :月影に踊る血印の使徒:第五夜 15 :2005/07/29(金) 03:28:11 ID:UwjDIQtE
「・・・・世界が、存する為に」
 男は呟いた。
 誰にとでも無く。
 或いは、己自身へ。
「変容等を、認める訳には、行かない――」
 男は続けた。
 相変わらず、その声を聞くのは男自身のみであった。
「・・・・世界の為に」
 重い扉を開く。
 明るい日差しに包まれて、男の護るべき『世界』は存在して居た。
「・・・・世界を、殺す」
 決意。
 或いは、固執。
 何年も何年も――ヒトならざるものとして生きた、己に課した・・宿命。
 或いは、意味。
 陽光の下、銀色の髪が輝く。
 瞳に宿るは、決意の光のみか。
 揺れる其れには、微かに――悲しみ。
「行くぞ」
 其の呟きを聞いたのは、男だけでは無かった。
「・・承知」
 答える其れも又、ヒトならざるもの。
 二人の『使徒』。
 『狩る』は、『使徒』。
 世界の為に、世界を殺す。
 其れは、矛盾では無いのか?
 或いは、そうなのかも知れない。
 世界の為に、世界を殺す。
 揺れる瞳に微かに陰る悲しみは・・死に行く世界への悲しみか。
 或いは――――――――。

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0ch BBS 2004-10-30