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[第五弾]妹に言われたいセリフ
- 47 ::月影に踊る血印の使徒 1 :05/03/16 07:40:27 ID:ilQbt1oS
- 世界は千十一の要素で構成されている。
私は八人目に属す七十七人目。
世界の要素、そのそれぞれに使徒と呼ばれる「司る者」が存在する。
私は八人目、「死」に属する、七十七番目の要素、「血」の使途。
そう、私はヒトではない―――。
私は世界を構成する、その一つ。
「奈菜ーっ、起きないと遅刻すっぞーっ」
私の家に、今日も馬鹿みたいな声が響く。 私は既に起きている。
そうだというのに、声の主は今日も私を起こし続ける。
「奈菜ーっ、起きろってのーっ!」
・・・・いい加減五月蝿い。 仕方ない、そろそろ降りてやろう。
私は読みかけの書物を閉じ、部屋を出た。
冷たい空気が私を迎える。 私は冬というのが嫌いだ。
冬は私の仕事が多くなるから―――死を与える仕事が。
「奈菜ーっ、飯冷めるぞーっ!」
「・・・・・今行く」
馬鹿みたいに私を呼び続けるのは、私の兄。
ただし、「私」の兄ではない。
私の体の兄。
使徒は体を持たず、他人の体を借りたり、何か別の寄り代を用いて「ここ」に存在する。
私が今使っている体は、十五年前に頂いたモノだ。
別に、殺したとかそういうのではない。 死産だったのだ。
だから私に悪気もないし、むしろ感謝してもらってもいいくらいなのだが・・・。
「おせーよ、遅刻するぞ」
・・・・この兄、太刀川史也にはそうでもないようだ。
「・・・・すまない」
「いや、まーいいんだけどよ・・・まず食え」
「分かった」
用意された食事に手を付ける。 全て史也が用意したものだ。
- 48 ::月影に踊る血印の使徒 2 :05/03/16 07:42:05 ID:ilQbt1oS
- 「ふむ、今日もまた、凝った朝飯だな」
「俺なりにお前の健康には気を使ってんだよ、これでも」
「そうか。 迷惑を掛けるな、兄」
「迷惑とかじゃ・・・つかさ、その『兄』ってやめない?」
「・・・・なんだ、いきなり」
「俺は前から思ってたんだよ。 なんだよ、『兄』って。 まんますぎだろ」
「・・・・そのまま、ということは、物事の特徴をよく表わしていて望ましい呼び名ではないか?」
「あ、あのなぁ・・・」
ふむ・・・どうやら史也は兄、という呼称に不満があるらしい。
「では、どう呼べばよいのだ?」
「え・・・えーと、普通にさ、お兄ちゃん、とか、兄さん、とか・・・・」
「ふむ・・・しかし兄よ、お兄ちゃん、というのはどうかと思うぞ」
「なんでさ?」
「私の外見的な要素から判断すると、幼い印象を与える言葉は似合わないそうだ」
「そうだ、て何よ」
「私の学友からの所見だ。 それと兄さん、という方だが」
「・・・何だよ」
「さん付けというのは敬意を表わすものだと聞いている。 私の態度はとても兄に敬意を払っているようには見えないそうだ。
よってこちらも不適であろう」
「あー・・・じゃあ・・・お兄、とか、兄様ーとか・・・」
「それらも先ほど上げた理由が当てはまる」
「なんだ・・・つまり呼び方を変える気はないんだな?」
「いや、そんなことは言っていない。 ただ、私と兄の間柄に相応しい呼称が今の例にない、というだけだ」
「あー・・・・そーかよ」
そんなやり取りの間に私の食事が済んだので、洗面所に向かおうとする。
「奈菜、お前さぁ・・・」
「なんだ、兄」
「お前、やっぱり変わってるよな」
「・・・・そうだろうか」
史也は・・・私を余り快く思っていないようだ。
- 49 ::月影に踊る血印の使徒 3 :05/03/16 07:43:39 ID:ilQbt1oS
- 「どうだ、兄、遅刻しそうか」
「いや、そうでもない」
「そうか」
私と史也、並んで歩く。
史也はこれでも私と同じ、進学校に通っている。
私にとってヒトとしての人生など大した意味を成さないが、私の学力だとそこの学校が適していたらしいのでそこに入学した。
しかし、史也の方はと言うと・・・。
「兄よ、補習の予定は?」
「うぐ・・・・次のテスト前、さんしゅーかん前からだとよ」
と、このとおりである。
「そうか・・・と言うともう時期だな」
「うあー・・・・くそー、なんで奈菜と違って勉強出来ないんだー、俺はー」
「・・・・努力が足りないのだろう」
「うぬ・・・キツイね、奈菜さん・・・」
本当は、私と史也は兄妹ではないから・・・似ていなくて当然なのだが。
「・・・・・済まんな、兄よ」
「あ・・・? 何か言ったか?」
「いや、何も―――」
不意に視界に黒、いや、闇が現れる。 これは・・・・。
「奈菜、どうした?」
「いや・・・・兄よ、先に行ってくれ」
「なんだ? 具合悪いのか? 家まで運んでやろうか?」
「・・・・・・トイレだ」
「あ、そ、そうか、スマンな。 公園まで行ける・・・よな?」
「ああ・・・だから、先に行け」
「あ、ああ・・・」
視界から史也の姿が消えたのを確認して、私は喋りだす。
「・・・・感覚をジャックするのはやめてもらいたいものだな」
「いやぁ・・・声を掛ける訳にもいかなくてね」
虚空に声が響いた。
- 50 ::月影に踊る血印の使徒 4 :05/03/16 07:45:23 ID:ilQbt1oS
- 「ふん・・音など立たないのにか。 それで、私に何の用だ? 六十一番目の使徒」
「うふふ・・・私がアナタをお茶に誘うとでも? 七十七番目の使徒」
「仕事か・・・」
「ええ。 アナタの仕事。 ヒトに死を与える、そのお仕事」
「私が使われるということは、何かしらの力を持っている者が対象か?」
「いいえ、ハズレ。 確かに抗いの力は持っているけれど、特別な何かを彼が持っているわけじゃないわ」
「すると・・・・使徒の隣人か」
「そう。 使徒の側に長く居続けると、自然からの干渉に抵抗がついてしまう。 だからアナタが死を与えるの」
「ふん・・・やっかいだな」
「あら、どうして?」
「使徒に知られれば邪魔をするかもしれない・・・長く共にいれば、愛着くらい湧くのだろう」
「ふふふ、それは無いわ」
「何故?」
「だって、アナタの知り合いですもの」
「・・・・・!」
「うふふ、驚いた? それこそが私の司る『恐』・・・恐れよ」
「私が恐れる・・? ふん、ありえんな。 私こそがヒトに恐れを与える存在。 死という絶対の恐怖を」
「うふふふふ・・・『その日』は明日の午後六時と十二分。 場所は駅前の交差点」
「交通事故か」
「ええ・・・・幸せからの転落・・・ヒトって哀れね」
「・・・・ふん」
「それじゃあ、また明日」
「待て。 対称の名前を聞いていない」
「あらゴメンなさい。 でもね、お仕事に支障があったらタイヘンだから教えるな、って八人目サマに言われているの」
「・・・・・・」
「でも、誰かは言うな、なんては言われてないのよねー?」
「・・・・・・」
「今度死ぬのは・・・・アナタのお兄さんよ」
「・・・・・っ!?」
「うふふふふふふっっ! そう、その顔よ!! また明日会いましょうっ!! うふふふふふふっっ!!」
- 51 ::月影に踊る血印の使徒 5 :05/03/16 07:47:01 ID:ilQbt1oS
- 「おはよー奈菜ちゃん」
校門前で声を掛けられる。 同じクラスの有紗である。
「・・・・お早う」
「・・・・どしたの? 具合悪いの?」
顔を覗き込まれる。
「いや・・・・そんなことはないが?」
「でも・・・顔色悪いよ? ・・お兄さんも今日は一緒じゃないみたいだし」
「兄は・・・先に行かせたから、もう教室に居るだろう」
「ん〜・・・ホントに大丈夫?」
「ああ・・・・何も問題はない」
そう・・・何も問題は無い。 私は私が司る物を司るだけ。
それを否定するなど馬鹿げている、自分自身の存在を否定するのと同じだ。
明日の午後六時、史也は死ぬ。
それが運命だ・・・・。 抗うことも変えることも出来ない、運命だ。
一限目、そして二限目が終わる。
「ふぅ・・・・」
「奈菜ちゃん、幸せが逃げるよ?」
「ん・・・? 何がだ?」
「溜め息。 吐くとその分幸せが逃げちゃうんだよ」
「・・・・又根拠のないことを」
「ちっちっち。 甘ーい、甘いよ奈菜ちゃん。
溜め息吐いちゃうと弱気になる、弱気になると物事が上手くいかなくなる、物事が上手くいかないと・・・不幸せだよ?」
「ふむ・・・そういう見方もあるか」
「そんな弱気な奈菜ちゃんに特別ゲスト!」
「ん・・・?」
「はーい、史也お兄さんでーっす! ぱちぱちぱちーっ」
そこに現れたのは・・・間違いなく、史也だった。
「あ、あの、有紗ちゃん、恥ずかしいんだけど・・」
「な・・・何故兄がここに・・・・・?」
- 52 ::月影に踊る血印の使徒 6 :05/03/16 07:48:14 ID:ilQbt1oS
- 「わたしが呼んじゃいましたー。 奈菜ちゃん調子が悪いみたいなんでー」
「・・・・有紗・・・・・・・」
「やーん、お兄さん助けてー、奈菜ちゃんが怖い目で睨むんですー」
「ははは・・・・で、どうなんだ奈菜」
「いや・・・どうと言うことは無いが・・」
「ふむ・・・?」
私の額に手を当てる。
「熱は無い・・・せきも無いけど・・・確かに顔色は悪いな」
「そう・・・・か・・?」
「あ、奈菜ちゃんまさか・・・」
「え? なんか心当たりでもあんの?」
「えと・・・奈菜ちゃんひょっとして・・・あの日?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・違う」
「そっかー、わたし早とちりでお兄さん呼んじゃったかと思っちゃったよー」
「は、ははは・・・」
と、居心地悪そうな史也の苦笑い。
「あ、ご、ごめんなさいお兄さん」
「あーや、別に・・・なぁ?」
「・・・・なぜ私に話を振る」
「え、えと、それでどうします、お兄さん」
「ふむ・・顔色悪いのは確かだし・・・早退しろ、奈菜」
「いや・・・そんな大袈裟なものでは」
「バカ野郎、大げさなくらいで丁度いいんだよ、病気ってのは」
「・・私は病気では」
「奈菜!」
「・・・・・分かった」
時々史也はどうしようもなく強情になる。 どうもそのタイミングが掴めなく、私としてはやり辛いところだ。
「奈菜ちゃん、家まで送ってこうか?」
「いやいい・・・亜里沙はサボりたいだけだろう」
「・・・・えへへ」
- 53 ::月影に踊る血印の使徒 7 :05/03/16 07:51:15 ID:ilQbt1oS
- 帰り道、私は纏まらない思考と共に歩いていた。
・・・・何を悩んでいるのだ、私は? 答えならもう出ているではないか。
明日、史也に「死」を与える、ただそれだけではないか。
何も特別なことは無い、今迄通りだ。
ヒトの死は決まっている。 如何なる者も避けられない、確定した未来。
その「未来」を、「現在」に変える、唯其れだけの事。
死の無い生は有り得ず、逆も真である。 輪廻転生というものはヒトには存在しない。
だが、ヒトを構成していた要素はやがて別の存在、別のヒトを構成するだろう。
それが自然の摂理。 私は摂理の流れを代行する・・・・唯、其れだけの事。
私は八人目・・・「死」の従属。
死の従属が、死を否定するなど・・・・・有り得ない。
水が上から下に流れ落ちるのと同じ。
私は明日、史也に死を与える・・・・・・唯・・・・・・・其れだけの・・・・事。
ふと視線を上げる・・・ショウウィンドウの中に一足のシューズ。
・・・史也が欲しがっていた、シューズ。
明日、アルバイトの給料が入るので、その金で買う予定らしい。
史也は・・・何も知らない。 目前に迫った死を、知らない。
史也にとって、明日はアルバイトの給料日でしかなく、この靴を買う日でしかない。
私にとっては・・・・・私にとって・・・明日は・・・・・。
ああそうだ、私にとっても唯仕事を一つ片付ける日でしかない。
そう・・・・・唯、其れだけの、事。
「ただいま帰ったぞー」
玄関先から史也の声が響く。
「お帰り、兄」
「おー、大人しくしてたかー?」
「兄の言う大人しくに該当するかは分からんが、特に何をするでもなく過ごした」
「おー、俺の言うことちゃんと聞くなんて珍しい」
「・・・・私が兄の言う事に逆らった記憶など無いが」
「結果的に逆らってることが多いんだよ、お前は」
- 54 ::月影に踊る血印の使徒 8 :05/03/16 07:52:43 ID:ilQbt1oS
- 「・・・・そうか」
「待ってろ、飯作ってやるからよ」
「あ・・・・兄よ」
「んー? なんだ、たまには奈菜が作るか?」
「あ、いや、そうではなく・・・・・・コレを」
「ん? 何だコレ・・・開けていいのか?」
「ああ・・・・」
ビニール袋から取り出した箱、其れを開けていく。
「こ・・・れは・・・・・!?」
「・・・欲しかったのだろう?」
其れは、ショウウィンドウの中のシューズ。
史也が数ヶ月前から見詰めていたシューズだ。
「あ・・・ああ・・・でもコレ・・ど、どうしたんだ?」
「いや・・・プレゼント、と言う奴だ・・。 今迄、した事が無かったしな・・・」
「ど、どーゆー風の吹き回しだ・・・・?」
「迷惑・・・だったか?」
「い、いや、すっっっっげー嬉しい! ありがとう、奈菜!!」
「いや・・・・・・」
私は、一体何がしたいのだ? 史也にシューズを贈った所で、何が変わる訳でもない。
明日、史也は事故に遭う。 そして私に命を断たれる。
変わり様の無い、確定した未来。
変え様の無い、確定した死。
「奈菜、俺マジで嬉しいよ!! ありがと!!」
其れを知らない史也は、余りにも何時も通り過ぎて・・・・。
「・・・・・・・済まない」
其の言葉が洩れた。
「え・・・奈菜?」
「・・・済まない、済まない兄よ」
「奈菜・・・・・どうしたんだ?」
私だって・・・分からない・・・。 分からないけれど。
- 55 ::月影に踊る血印の使徒 9 :05/03/16 08:02:09 ID:ilQbt1oS
- 「済まない・・・本当に・・」
「奈菜・・・・泣くな」
「・・・・私は、泣いてなど」
「涙流すだけが、泣くって事じゃないだろ」
史也が、私を抱きしめた。
「何があったのか・・それともこれから何かあるのか・・・無理に聞こうとは思わない。
だけどさ、俺はお前の兄貴だから。 何が起こっても、起こらなくても。 それだけは変わらない。
どー仕様もなく頼りない兄貴だけどさ・・・いつだってお前の味方だぜ、俺は」
「私・・・は・・・・でも」
「でもじゃない。 俺には何も出来ないかもしれない。 でも、絶対にお前の味方だ。 何があっても、絶対に」
「私が・・・本当の妹じゃ、無かったとしても?」
「ああ」
史也は、迷うことなく応えた。
「家族ってのは、単にそーいうもんじゃないって思う。 やっぱさ、この人は家族だ、って思えなかったら家族じゃないんだよ。
だから、こいつは俺の家族だ、って思った瞬間から家族なんだよ。 ・・・・お前は俺の妹だ。 例えお前と俺が本当の兄妹じゃなかったとしても、だ」
「でも、私は・・・何時も、兄に迷惑を掛けるし」
「誰も迷惑なんて思ってねーよ」
「其れに・・・兄は、私のことを、余り好いてはいないだろう?」
「は・・・? 何言ってんの、お前? お前は俺の自慢の妹だよ。 これ以上ないくらいのな」
「いや・・・しかし」
「しかしじゃねぇー。 なんだよお前、今までずっとそう思ってたのかー?」
「あ、ああ」
「くぁー、何でそーなっちまうかなー。 俺、兄貴としての自信、喪失しちまいそー・・・」
「あ、兄・・・?」
「あのねぇ、お前のこと好きに決まってるだろ? 俺は好きでもない奴の心配なんかしねーぞ?
嫌いな奴のために飯作ったりしねーぞ? どーでもいい奴に好きだ、なんて言えるほど器用じゃねーぞ?」
「・・・・・・・」
「そんなん、お前が一番知ってるだろ?」
「・・・・・・・・・ああ、そうだった・・・そうだった、な・・・・・・」
其の夜、私は生まれて初めて、泣いた。
- 56 ::月影に踊る血印の使徒 10 :05/03/16 08:04:15 ID:ilQbt1oS
- 翌日の朝・・・私は布団に包まっていた。
「今日は学校休むのかー?」
「ああ・・・済まないが、有紗辺りに言伝してくれ」
「おうよ。 ・・・もう大丈夫なのか?」
「ああ・・・・いや、兄に嘘はいけないな。 正直、まだ悩んでいる」
「・・・・そうか。 一体何なのか分かんねーけど・・・忘れんなよ。 俺はいつでも何があっても、お前の味方だ」
「・・・・・ああ、有り難う」
「お前なら答えを見付けられるって信じてるぜ」
「・・・・行ってらっしゃい」
「おー、行ってきます」
変わらない、一日が始まる。
昨日から何も変わってなどいない。
変わったとすれば・・・それは、私。
私は、今日、答えを出さなければならない。
史也と、私に。
するすると寝巻きを脱ぎ、裸になる。
左胸に手を当て、心臓の音を聞く。
動いているはずの無い心臓。 その鼓動から、生命の繋がり方を確認する。
其の繋がりを、断つモノのイメージ。
私はヒトと同じように、大鎌を想う。
そして形作られる、姿無き、形無き、存在無き鎌。
私はヒトに死を与える者。
即ち、死神。
学校の制服の上に、黒き影を纏い。
右腕に8のルーンを描き。
左腕に77のルーンを描き。
額に使徒のルーンを描き。
「暗き闇より深く、燦然と輝く生よりも美しく・・・全てのモノに等しく在り、唯唯一なるモノとして在る―――」
口に死の詩を口ずさみ。
準備は、整った。
- 57 ::月影に踊る血印の使徒 11 :05/03/16 08:06:21 ID:ilQbt1oS
- 駅前の交差点を見下ろせる、ビルの屋上。
「やぁ・・・随分念入りな格好だね」
そこに立つ私と、六十一番目の使徒。
「私は相手が誰であろうと・・・この姿で仕事をしてきた」
「うふふふふ・・・そう」
「お前こそ、随分な格好だな」
「あら、私は何時もこの格好よ? いつもは感覚のジャックのみで会話していたからね、直接会うのは初めてだったかしら?」
表情も無く私に笑いかける・・・・マネキン。
「なら今日は如何いった風の吹き回しだ? お前が直接私の仕事を見に来るなど」
「うふふふふ。 言ったでしょう? 私が司るのは恐・・アナタが兄を手に掛ける、その瞬間。
絶望に打ちひしがれる、アナタの顔が見たいの」
顔など存在しない・・・しかし、確かにそのマネキンは、禍々しい狂気の笑みを浮かべていた。
「六時・・・そろそろね。 ほら、アナタのお兄さんよ?」
指差す先に、史也。
「うふふふふ。 覚悟は出来て? 実の兄を殺す覚悟は」
「ふん・・・・私と史也は、兄妹などでは・・・無い」
「うふふふふ、そうね、アナタはアナタでしかなく、決して太刀川奈菜では無いものね」
「ああ・・・そうだ」
「じゃあ・・・始めてもらおうかしら?」
「ああ・・・・」
手に「流れ」を纏う。 「摂理」と言う名の流れ・・・其れは強靭な刃と成る。
背後に回り込み、そして、貫く―――――。
音も無く、唯結果だけが現れる。 胸を貫かれて・・・・私を見る。
「・・・・・・何のつもりかしら?」
胸を貫かれたマネキンが語りかける。
「見ての通りだ」
「うふ、うふふふふふふふっっっ!!! 逆らうのね!? 八人目に、アナタの主に、世界の摂理に逆らうのね!!??」
「ああ」
「うふふふ、うふ、うふふふふふっっっ!!! いい、いいわ!! これこそ私が望んでいた未来!!! 素敵よ、七十七番目!!」
けたたましい笑い声・・・・だが、ヒトには聞こえないだろう。 それは「音」では無いのだから。
- 58 ::月影に踊る血印の使徒 12 :05/03/16 08:08:25 ID:ilQbt1oS
- 「うふ、うふふふふふっっ!! いい、いいわ七十七番目!! その純粋な想い!! 兄を救おうとする想い!!
絶望的な希望にすがる、その想い!!! それが潰れた時、アナタはどんな良い顔をしてくれるのかしら!!??」
マネキンが消える。
辺りを見ても、姿はない。
「うふ、うふふふふっっ!! 私は観念の三十七使徒!! 存在するモノの使徒であるアナタに勝てるはずが無い!!」
「・・・・・・・」
私は、また鎌を想う。 糺し、今度は実在する鎌を。
現れる大鎌。 其れは死、其のもの。
「いい、いいわ!!! 抗って!! 限界まで!! 抗い続けて!! そして絶望という恐怖を味わうの!! うふふふふっっ!!」
観念に形は無い。 だから、捉えるのは「感覚」。
「せいぁっ!!」
右方向に鎌を振るう。
「うふふふふふふ・・・・正解よ」
其処に居た、マネキンに刃が突き刺さる。
「でも、どうしてかしら・・・私、全然痛くないの。 血も流れないの。 何故? うふっ、うふふふふふっっ!!
正解は、マネキンだ・か・ら、でした。 うふふふふふふふふふっっ!!!」
霧散し、再び空間に消えるマネキン。
私は又、感覚を探す。 そして、鎌を振るう。
「きゃあっ、また当たりよ。 うふふ、これじゃあ負けちゃうかしら? うふふふふふっっ!!」
再び消える―――其れの繰り返し。
「・・・・くっ・・」
「うふふふふ・・・・・分かっていたのでしょう? アナタに『観念』を殺すことは出来ない。
アナタが殺せるのは、ヒトだけですもの。 うふふふふふっ」
「く・・・ぅ・・・・!!!?」
「うふふふふ・・・・私は二人目の眷属。 『闇』を操ることも出来る。 アナタに少しづつ、『闇』をプレゼントしてあげたわ」
「・・・・・ぐ・・・・!!!」
「どう? 辛いでしょう、自分のモノでないモノが流れ込んでくるのは。 ましてそれは『闇』。
何よりも深くアナタに染み込んでいくのよ。 うふ、うふふふふふっっ!! 苦しいでしょう怖いでしょう!?
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっっっっっっ!!!!!!!!」
「ぐぅ・・・・・・ぁく・・・!!!!!!」
- 59 ::月影に踊る血印の使徒 13 :05/03/16 08:10:34 ID:ilQbt1oS
- 「あら・・・もうこんな時間・・いけないわ、このままじゃ時間通りに死を与えられないわ」
マネキンが下界を見下ろす。
「でも困ったわね。 死を与える使徒は使えないし・・・・私が死を与えるしかないかしら・・・? うふふふふっっ!!」
「ぅ・・・ぐ・・・貴様・・・・っっっ!!!」
「あら、さらに困ったことがあるわ。 私、死を与えるなんてしたこと無いから、あのヒトを苦しめちゃうかもしれないわ。
うふ、うふふふふふふふっっ!!」
「ぐ・・・・ぅ・・・・!!!!」
マネキンがこちらへ近づき、私を覗き込む。
「馬鹿ね。 死を与えられるアナタなら、苦しまずに彼を死なせてあげれたのに」
「くぅ・・・・・!!!」
「いらっしゃい」
闇に操られ、私は下界を見下ろせる位置に運ばれる。
「ほら・・・アナタのお兄さんが丁度今・・・事故に遭ったみたいよ」
道路に叩き付けられた、史也の姿。
「でも、あれじゃあ彼は死ねない。 アナタと長く居すぎたから、死への抵抗力が強く成りすぎているの。
それじゃあ摂理が上手く働かない。 それは世界が否定されることになってしまう。 だから、私たち使徒が、彼を殺すの」
「・・・・・・・・・」
「っていうのがタ・テ・マ・エ。 私はね、ただアナタの恐怖の顔が見たいの。 絶望という恐怖に歪んだ顔がね。
うふふ、うふ、うふふふふふふふふふふふふふふっっっっっっ!!!!!!」
「くう・・・・!!!!」
「それじゃあ、其処でゆっくり見ててね。 私が彼を殺すから。 うふふふふ・・・・」
辺りを闇が包む。 時間が静止する。 私と、マネキンを除いて。
ゆっくりとマネキンが空中を降りていく。
歓喜の歌を口ずさみ。
こちらを振り向き・・・・笑った。
地上に降り立つ。
史也の前に立ち、私にこう言った。
あなたのお兄さんは、私の中で永遠に成るの。 そう、唯の死ではなく、永遠の苦しみを味わうの。
そして、笑った。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっっっっっっ!!!!!!」
- 60 ::月影に踊る血印の使徒 14 :05/03/16 08:18:13 ID:ilQbt1oS
- 「き・・・・さま・・・・貴様ぁ―――っっ!!!」
私は闇を振り払い、立ち上がった。
一足飛びに、ビルからマネキンへ踊り掛かる。
「せぇぇぇいっっ!!!」
真上から、真下に鎌を振り下ろす。
すたんっ・・・・。
間違いなくマネキンの真ん中を通り―――極々静かな音が響く。
刃が通った跡には、切れ目一つ無い。
だが――――。
「アナタ・・・・・何? 何をしたの? 私が、斬られた? そんな・・・在り得ない」
マネキンが、崩れていく。
「在り得ない・・・在り得ないわ。 観念を斬るなんて・・・殺すなんて!!!
アナタなどに在り得ないわ!!! 観念が観念以外に殺されるなんて!!!!」
「私が、何を司っているか、忘れたか?」
「アナタは・・・・血!!! 生命維持の機能でしかないわ!!!」
「違うな・・・・血は、家族との・・・繋がり、心の繋がりだ」
「・・・・・・・・・うふ、うふふふふふっっ・・・私が殺される? 何故?
血などという、下等な『観念』に? 『世界』に認識されてすらいない観念に?」
「ふん・・・絆は、恐怖を超えられる・・・・・お前の死は、『必然』だ」
「アナタ・・・一体、何者なの? 『世界』が把握していない要素の『意味』を見出すなんて・・・・」
「私か? 私は・・・・・・・・・・唯の馬鹿さ」
「・・・・・・・・・・うふふふふふ・・・そうね、アナタはこれ以上ないくらいの馬鹿ね。
『世界』に逆らった・・・『世界』を敵に回したんだもの」
「・・・・・・・・」
「いづれ・・・アナタの存在そのものを、消しに、使徒が来る・・でしょう・・・きっと、私より、も『強い』観念の・・・使徒が。
そのとき・・・の・・・・アナ・・タの、恐怖に歪ん・・だ顔・・・・見られなくて、残念・・・・・・・だわ。
うふ・・・うふふふふふ・・・・うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ―――」
マネキンは、完全に崩れ――――そして、消えた。
やがて、時は動き出す――――――――。
- 61 ::月影に踊る血印の使徒 15 :05/03/16 08:20:30 ID:ilQbt1oS
- 「う、ん・・・・・・・」
ベッドの上で、史也が声を出す。
「起きたか」
「え・・・あれ・・・? ここは・・・」
「病院だ。 事故に遭ったんだ、憶えているか?」
「あ・・・そういえば・・・・車に吹っ飛ばされたような・・・」
「ああ・・・医者も呆れた生命力で助かったんだ」
「呆れたって・・・・・・・・・そんなやばかったのか、俺・・・・?」
「ああ・・・普通なら生きていても半身不随か植物状態だろうと言われていたが・・・それもさっぱりだ」
「へぇ・・・俺って意外としぶといんだな、ははは・・・ってぇ・・・!」
「余り無理をするな。 それでも三日、生死を彷徨ったんだ」
「み、三日もか?!」
「其れだって医者に言わせればゴキブリ並みだそうだ。 普通一週間は意識が戻らないそうだ」
「へ、へぇ・・・・」
「まあ兎に角休め。 私もそろそろ休ませて貰うよ・・・私も三日、寝てないのでね」
「え・・・お前、ずっと付き添ってたのか?」
「・・・・な、何か不味いか?」
「い、いや別に。 迷惑かけたな」
「いや、迷惑なんかじゃない・・・・・・いいから早く治せ―――お兄ちゃん」
「おー・・・・って、あれ? 今」
「お休みっ」
私はベッドの横のソファーに倒れた。
「・・・・・・お休み、奈菜」
嗚呼・・・今日は良い夢が見られそうだ。
私は、家族を護れた。
太刀川史也・・・私の初めての家族。
私の・・・・・兄。
「・・・・お兄ちゃん」
もう一度その言葉を呟いて、私は眠りに着いた。
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