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[第五弾]妹に言われたいセリフ

205 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 1 :2005/04/17(日) 22:26:17 ID:BI16hUL8
 世界は千十一の要素で構成されている。
 それは私が生まれた刻から変わっていない。
 私が、世界が生まれたその刻から。
 私が私として存せられるのは、世界が在るから。
 私が私として存せられるには、世界が今の儘で無ければならない。
 世界が変わる刻、即ち私が変わる刻。
 何故ならば私は世界の一部。
 私と世界は不可分。
 それは『要素』を背負う『使徒』の宿命。
 私は、未だ、変わりたくない―――。


「奈菜・・・その、なんだ。 きっとすぐに帰って来るって」
 史也が私を慰める。
「・・・有り難う」
 如何にか形ばかりでも笑顔を作ろうとした・・が、無理だった。
「・・明日、また探そうぜ。 俺も手伝うからよ」
「否、お兄ちゃんは、無理をしない方が・・・・」
「何言ってんだよ。 セツも立派な家族の一員だぜ。 呑気なこと言ってらんねーよ」
「有り難う・・・・・」
「な? 今日はもう風呂入って寝ろ。 探し回って疲れたろ」
「ん・・・・分かった・・」
 俯いた儘、脱衣場の戸を潜る。
 唯惰性で衣服を脱ぎ捨てていく。
 ――今日、我が家の飼い猫のセツが、逃げた。 私はこの時間迄探し回って来たのだ。
 浴室の扉を開けてとぼとぼと浴槽迄歩く。
 蛇口を捻り、水を風呂桶に満たす。 頭から、被る。
 ――真実は違う。 切は私を狙う使徒・・恐怖に連れ去られたのだ。
 圧倒的な『強さ』に、私は動けなかった。 見す見す切を敵の手に・・・・。
「私は・・・切を、護れなかった・・・・!!」


206 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 2 :2005/04/17(日) 22:27:41 ID:BI16hUL8
 ばしゃーっ。
 二杯目の水が私を打つ。
「秋に頼まれたんだ・・・自分の代わりに切を護ってくれ、って・・・・なのに、私は・・・!!
 秋の大切な姉を・・・護れなかった・・・・!!」
 ばしゃーっ。
 もう冷たくも感じ無い。 唯液体が体を走る感覚だけ。 其れでも私は、幾度も其れを繰り返す。
 秋の、大切な、何よりも大切な、切を。 護れなかった。
 其れは私にとっての史也。
 史也を護れなかったのと、同じ。
 ばしゃーっ。
 取り戻す。 絶対に、切を―――取り戻す。


「おはよー奈菜ちゃ・・・如何したの?」
 行き成り有紗にそう尋ねられる。
「お早う・・・・何がだ?」
「だって・・今日は久々にお兄さんと一緒の登校でウキウキ奈菜ちゃんかと思ったら・・どんより奈菜ちゃん?」
「あー、あのね、有紗ちゃん・・・・実は、さ」
 史也が私に代わって答えようとするが・・チャイム。
「ありゃ、遅刻しちゃうね・・・後で、お願いします」
「うん、じゃあ後で」
 史也が自分の教室に歩き出す。
「それじゃ・・・行こ、奈菜ちゃん」
「ん・・・」

 一時間目、二時間目、三時間目、四時間目。
 授業を聞く気にも成れず、唯ぼんやりと外を眺める。
 そう言えば・・あいつ等と初めて出会ったのは授業中だったな・・・。
「奈菜ちゃん・・」
 躊躇いがちな有紗の声。 振り向くと、私の席の直ぐ其処に立って居た。

207 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 3 :2005/04/17(日) 22:30:02 ID:BI16hUL8
「お昼休み、だよ」
 教室の正面の時計を見る。 確かに、昼休みの時間だった。
「休み時間にも声掛けたけど・・・上の空だったから・・・・」
「・・・そうだったか。 済まない」
「ううん、いいの。 でも、よっぽど思い詰めてるんだね・・・にゃんこちゃん、えと、セツちゃんのこと」
「ん・・? 何故其れを?」
「俺も居るって」
 有紗の後ろから聞き慣れた声・・史也だ。
「気付いてなかったか?」
「嗚呼・・・・」
「マジで重症だな、こりゃ・・有紗ちゃんには俺から話しといた」
「うん・・あのね、わたしも放課後手伝うから」
「あ・・否、有紗に迄、迷惑は・・」
「迷惑じゃないよ! 奈菜ちゃんがそんなののままだったら、心配でそっちのが迷惑だよ・・・」
「ほら、俺はこれだからさ」
 ギプスを指す。
「悪いとは思うけど、俺の低下した分の戦力になって貰おうと思ってな。 俺から頼んだんだ」
「頼まれなくてもやるつもりだったよ。 奈菜ちゃんの大切な家族だもん」
「有紗・・・うん、有り難う。 宜しく頼む」
「んじゃ・・飯食おうぜ。 腹が減っては戦も午睡も出来ねーからな」
「・・寝る気か」
「怪我人は良く寝るのが大切なんだよ」
「そーですよぉ。 今晩はセツちゃんが見付かるまで寝ないで探しますからね〜。 奈菜ちゃんも今のうちに寝た方がいいかもよ?」
「ふ・・そうだな。 寝るなら今の内かも知れん」
「じゃ、わたしも寝ないとねーっ。 何か三人でお泊り会でもするみたいだねっ」
「おいおい、そうなってもどうせ俺は除け者だろ? 女の子二人で盛り上がってさ」
「あはは、お兄さんも一緒に盛り上がりましょーよ」
 有紗と史也が無理に明るく振舞う。 きっと、私の為に。
「・・・・有り難う、有紗、お兄ちゃん」



208 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 4 :2005/04/17(日) 22:31:42 ID:BI16hUL8

「奈菜ちゃん、次は歴史だよ。 移動、移動」
 有紗の声に目を覚ます。
「ん・・・有り難う」
「は〜、ホントに寝たんだ、奈菜ちゃん」
「嗚呼。 今日は徹夜する覚悟だからな」
「そかそか。 うん、わたしも次は寝るよ。 くまちゃんせんせー寝放題だからね」
「・・・・最前列だろう、有紗は確か」
「うん。 寝放題だから」
 道具を持ち、廊下を歩きながら話す。
「でも奈菜ちゃんも佐々木せんせーの授業で寝るなんていい度胸だねー。 殴られるよ?」
「教師が無闇に暴力を振るうか」
「いやま、そりゃ滅多には殴んないけどさぁ。 怒ると怖いでしょ、佐々木せんせー」
 階段を登り切る。 廊下を左へ曲がろうとした時―――。
「ねぇ、そこのキミ達」
 透き通る声が、私達を呼び止めた。
「そう、キミ達。 ここの生徒でしょ?」
 銀髪が揺れる。
「当然だ」
「よかった。 ボクは方向音痴でね。 こんな所まで迷い込んじゃってさ」
「あれ、でもウチの制服着てますね。 転校生さんですか?」
「うん。 明後日からなんだ。 先生にちょっと顔を見せに来たんだけど、職員室って何処かな?」
「は〜、本気で音痴さん・・? 一階だよ?」
「あれ、ここって・・・」
「三階だ」
「・・・・あはははは、日本の建物はよく分からないね」
「それ以前じゃないかなぁ・・」
「えーと、出来れば案内してくれないかな?」
「しょうがないなぁ。 奈菜ちゃん、先行ってて」
 と、授業で使う道具を渡される。


209 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 5 :2005/04/17(日) 22:33:10 ID:BI16hUL8
「あ、出来ればそっちのコに案内されたいかな」
「・・・・なんで?」
「ん〜、ボクの好みだから」
「絶っっっっ対に!!! 駄目!!!!」
 有紗が大声を出す。 ・・・何故有紗が返事をするんだ?
「つれないなぁ。 ボクは唯、案内してもらいたいだけなのに」
「奈菜ちゃん!! コイツの半径250メートル以内に近寄っちゃ駄目だよ!! 犯されるから!!」
「有紗・・・落ち着け」
「落ち着けない!! 危険!! コイツはデンジャーよ!!」
「ふふふ、愉快なお友達だね、奈菜」
「呼び捨てにするな! 穢れる!!」
「あはははは・・・・『屋上で待ってるから後で来て、七十七番目』」
「!! ・・・・『貴様、使徒か』」
「『まぁ、そう云う事』。 それじゃ、自力で探してみるよ」
 と言って、階段を下りて行く。
「・・・・・」
 アイツは、一体・・・。
「・・・・どっか行ったね。 ふう、一安心だ」
「・・・御苦労様」
「なんのなんの、コレも愛しの奈菜ちゃんの貞操を護るためですから。 ってか奈菜ちゃんすごいね。 ドイツ語でしょ、今の」
「あ・・何て言ってたか、聞き取れたのか?」
「んーん、ドイツ語だってのは分かったけど、速いからサッパリ。 ・・・・なんかヒワイな事でも言われたの?」
「否、唯の挨拶だ」
「ふーん・・・・あ、時間がピムチ。 早く行こ」
「有紗、私は保健室に行く」
「えええぇぇぇっっ!!? 具合悪いの?! 大丈夫なの?!!」
「否、ベッドで寝たいだけだ」
「へ・・・? あ、そ、そお? じゃ、わたしも行こうかな」
「ベッド、一つしか無いぞ」
「一緒に寝ればいいよ」


210 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 6 :2005/04/17(日) 22:34:33 ID:BI16hUL8
「今度にしてくれ」
「ん〜、まぁ真面目な奈菜ちゃんは授業中に居眠りなんかした事ないだろーからね。 机じゃ熟睡出来ないか〜。
 分かったよ。 丁度吉川先生もお休みだしね。 今なら寝れるんじゃないかな」
「其れじゃあ、済まないが宜しく頼む」
「任せろ! あ、奈菜ちゃん!」
 階段を下りようとしていた私に声を掛ける。
「何だ?」
「あのヘンタイには気を付けてね!」
「・・・・分かった」

「やぁ、待ってたよ奈菜」
 屋上の手摺りに背中と肘を乗せ、此方を見る。
「キミの事は知ってる。 けれどボクの事は知らないよね? ウィル・フロイライン。 半分がドイツで日本とイギリスが四分の一ずつ」
 銀髪を摘んでみせる。
「ご覧の通り、ね」
「・・・用件は何だ」
「せっかちだね。 キミの友達の件さ。 猫のね」
「切か!? 切は今、何処に居る!?」
「まぁ、待ってよ。 もう一人呼んであるから」
「もう一人・・・?」
 ぶわっ――。
 一陣の風、降り立つ少女と、青年。
「つれてきたよー」
「御苦労様、マイ」
「んーん、このくらいなんでもないよー」
「んじゃ、先に帰ってて。 お土産にケーキでも買ってくから」
「うんっ。 じゃ、またねー」
 あっと言う間に少女が飛び立ち―――すぐに見えなく成った。
「・・・・・奈菜」
 後に残されたのは、私と、ウィルと、青年――秋だけ。

211 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 7 :2005/04/17(日) 22:35:59 ID:BI16hUL8
「秋・・・済まない、私は・・」
「いや・・・いい。 詳しく聞いてる。 姉さんは、アイツに屈したみたいだね」
「そう、八百四番目・・・切は、恐怖に屈した。 負けた訳でも、『殺された』訳でもなく、ね」
「如何云う意味だ」
「そのまま。 心が屈したって事だから、自分から帰ってくる事は無いだろうね」
「寧ろ・・・敵対するかもね、そっちと」
 秋がウィルにそう云う。
「はは、多分そうだろうね。 でも、彼女の事だ、奈菜辺りを襲わせるんじゃないかな? 奈菜は、『血印』だから」
「『血印』・・・?」
「『世界の変容』其の物とも言える、要素の意味の変化。 キミの事さ」
「『世界の、変容』・・・奴も、そんな事を言って居た。 『世界の変容』とは、何だ?」
「停滞したものは存在しているとは言えない。 変わり続ける事こそが『永遠』だ・・・ってね。
 世界は永遠でなければならないのさ。 だから、変わろうとしている・・・『世界』がね」
「・・・・・はっきりと言え」
「はは、そのままだよ。 どんなものでも変わらずに在り続ける事は出来ない。 それは『世界』も同じ。
 奈菜、キミは変わるべき『世界』なんだよ」
「詰まり・・・今の姉さんにとって奈菜は敵其の物なんだよ。
 姉さんは・・・・変わりたくないみたいだから・・・・」
「・・・・・・・」
「さて、それは兎も角。 彼女の居場所なんだけど―――」


 波音が無機質な壁に響く。
 唯一定の間隔に並べられた倉庫達は、返って乱立と云う言葉を思い起こさせる。
 電車で30分程の寂れた港町に着く頃には、辺りは夕日に染まり始めていた。。
「奈菜、僕は向こうから見て回る」
「嗚呼、此方は任せろ」
 一つ一つの倉庫を見て行く。 非効率的だが、どの倉庫か分からない以上之しかない。
 扉を開け中を覗き、奥を窺う。 何度と無く其れを繰り返して行く。
 さして多くは無い倉庫だが、一つ一つ奥まで見て行く内に段々と暗く成っていく。

212 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 8 :2005/04/17(日) 22:37:41 ID:BI16hUL8
 潮風にくすんだ赤い屋根の倉庫。 私が受け持った方の最後の倉庫。
 錆付いた扉を押すと、ぎきぃ・・・と不快な音が響いた。
 高い位置の窓から辛うじて射す月光。 物音無く、鉄錆の臭いが鼻を突いた。
 暗くて判別出来ない資材の中を進む。 かつん、かつん――自分の足音のみ響く。
 と、空間に出る。
 資材達が意図的か偶然か除けられ、丁度月明かりが其処を射す。
 蒼い闇の中、宛ら其の光景は深海に射した光の様だった。
 之以上は進めそうも無い。
 踵を返そうとして―――見付けた。
「・・・・・・・切、か?」
 資材の上に、小さな影。 のっそりと怠惰に反応し、此方に動き出す。
 徐々に月影に現れた姿は、紛れも無く切だった。
「切、無事・・だったか?」
 答えない。
 唯、瞳は、連れ去られた時と同く、虚ろに輝いて居た。
「切・・・・」
「・・・・・七十七・・」
 やっと発せられた言葉。
「・・・何だ?」
「貴方は・・・私の、敵なのね・・」
「私が、敵?」
「そう・・・私から私の全てを奪う・・敵」
「私はそんな事をする心算は無い」
「貴方にその気が在ろうと無かろうと・・・・事実として、貴方は私から奪う・・」
「私が・・・お前の、何を奪う?」
「私の全て・・・私にとっての全て。 何に代えられる事は無く、二度と手に入れる事も出来ない、私の全て」
「奪わない・・・奪うものか。 私にだって、其れ位大切なものが在るんだ」
「でも、貴方は奪ったじゃない。 『恐怖』から、半身を」
「・・・・・其れは・・」
 す――猫独特の無音の動きで、床に降り立つ。

213 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 9 :2005/04/17(日) 22:39:19 ID:BI16hUL8
「貴方が齎(もたら)す変化は、私から其れを奪う。 屹度(きっと)・・・私の全てを、奪う」
「・・・・何故、そう言い切れる?」
「現に貴方は奪っているじゃない・・・『恐怖』から」
「切の大切なものが、『恐怖』の其れと同じとは・・・限らないだろう」
「同じよ。 私に取って半身も同じ。 幾数千、幾数万の時を共にした、私の半身・・・・」
 其の表情は窺い知れない。
「私は護る・・私の全ての為に。 私と私の全てが、何時までも共に居られる用に・・『変容』など、不要」
「私は・・・」
「貴方が如何考えて如何行動しようと、結果として貴方は『変容』を齎す。 だから―――」
 ひゅっ――。
 極々小さく風が鳴き、私の頬に一筋の線。 遅れて、血。
「此処で、死んで頂戴」
 見据えた其の瞳には、暗い決意。
「・・・・・本気か」
「勿論」
 私との距離を保ちながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩き出す。
「・・・・・・・・出ろ!」
 私の声と共に大鎌は現れ、確かな質量を持つ。
 同時、駆け出して来た切の爪を鎌に止める。
 其の儘鎌を跳び、私の真上に躍る。
 横方向へ回避。
 着地から間髪置かず私への追撃。
 低く跳び上がった其の一撃を、更に身を低くしてかわす。
 三角跳びに又も私への追撃を繰り出す。
 この角度では、回避は――!
 ならば攻撃に因って止めるしかな無い。
 体が反転するように鎌を振るう。
 柄の軌道は確かに切を捉えていたが、猫独特の柔軟な動きで衝撃を完全に殺し、少し離れた場所へ着地した。
 す――がたん。
 周りの資材が騒ぎ出す。 切の攻撃に因り『切』られた鉄材等が、間を置いて崩れ始めたのだ。


214 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 10 :2005/04/17(日) 22:41:30 ID:BI16hUL8
 がたん、がっ、ず・・・・。
 ほんの少しの間、騒音が倉庫に響き・・・静寂。
 私と切の視線はぶつかった儘。
 かたん、かたん・・・鉄片がゆっくりと資材の上を転がる。
 かたん、かたん・・・・・かーん――床に落ちた鉄片が甲高い音を響かせ、同時、切と私が動き出す。
 私との距離をぎりぎりに詰め、跳躍。
 零に近い距離の其れを、刃の横腹で受ける。
 瞬間的に切の質量が増し、私は受けた姿勢の儘数メートル吹き飛ばされた。
 ・・・・風を使ったか。
 微かな流れだった空気に、静かに、だが確実に意図的な流れが出来ていた。
「切り刻む・・・貴方を・・私から私の全てを奪う、私の敵全てを」
 切の周りに風溜まりが出来る。
 空気と空気の圧力差に因って、『切る』。 鎌鼬所では無いだろう。
「私と、あの子の為に・・・私とあの子が、ずっとずっと共に居られる様に・・『変容』、貴方を『殺す』。
 ずっとずっと、今迄と同じ様に・・・私とあの子が居られる様に・・・今迄と同じで居られる様に・・・」
「『変容』・・・其れは一体何々だ? 私にも止められない事なのか? お前達を犠牲にしなければ為し得ない事なのか?」
「貴方の要素に刻まれた変わる運命。 存在を始めた其の時から、貴方は変わる宿命。 絶対に不可避」
「・・・・・・」
「如何して数ある獣の中で、『人』だけが始原として在るか、分かる?」
「ヒトは・・・唯一心を持つ存在だから・・・」
「『変容』、其れはヒトの齎すもの。 ヒトが使徒に齎す・・・・災いよ」
「災い・・・」
「そう。 私から全てを奪う、災いよ」
 徐々に徐々に、切の風溜まりが大きさを増す。
「使徒に、心なんて要らない。 必要なのは、己の司るものを司る使命だけ・・・七十七、貴方はヒトに感化され過ぎた。 心を求めた。
 使徒を別のものに変え・・そして世界を変える。 私達を巻き込んで。 私からあの子を、奪う・・・!」
 ぶわっ―――風の塊が、私を撃つ。
 切の『切る』と云う意思其の物が私を包む。 其れに負けない為には、私も意志を強く持つしかない。
「―――くっ!!」
 私の衣服が切り刻まれ、幾筋もの傷が体に刻まれる。


215 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 11 :2005/04/17(日) 22:43:18 ID:BI16hUL8
「私は、死ぬ訳にはいかない!!」
 大鎌を振るい――風を断った。
「――!! 風を切るなんて・・・其処まで『強い』のね、貴方は・・・・」
 再度風を纏い出す・・・。
「だからこそ危険なの・・・貴方の『強さ』は、『世界』への影響力其の物。 此処で、死んで・・・!!」
 駆け出す。 先程迄と違うのは、全身に纏った風と言う名の凶器。
 無尽に駆け、私を徐々に切り刻む。
 一気に切られないのは私の意志が其れを抑えて居るからだ。
「切・・・! 何故『変容』を恐れる! お前が恐れるものなど、何も無い!!」
「嘘――!! 貴方は奪った!!」
「其れは奴が私から奪おうとしたからだ!! 『世界』が変わったって・・・お前らが離れる理由なんか無い!!」
「私は・・私は・・!! 私とあの子の繋がりなんて、使徒としての繋がりしかない!! 使徒で無く成れば・・・私達は・・!!」
 切の軌道が終に私自身に向かう。
 正面から、私に・・・来る!
 身構え様とした時――私の背面から軋む鉄の音。
 切の度重なる攻撃に因って崩れ掛かった鉄材の山―――!!!
 私の体に切が届くのと、鉄材が崩れたのは、どちらが先だったか・・・・・。


 走って居た方向から突然の騒音。
 青年は其の音に立ち止まる事無く、更に速度を上げた。
 一番東端の赤い屋根。 音のした其処へ全速力の儘駆け込む。
「姉さん!! 奈菜!!」
 未だ音が響く倉庫に青年、秋の声が其の音の上に響いた。
 返事は無いが、此処しか在り得ない。 暗い倉庫を月明かりを頼りに進む。
 奥の広がりの一角・・崩れた鉄材の山。
 其処に―――。
「奈菜!?」
 見知った人影。
「・・・・・秋、か・・」

216 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 12 :2005/04/17(日) 22:44:46 ID:BI16hUL8
「奈菜、大丈夫なの?!」
「未だ・・・生きては居る・・」
 駆け寄り覗くと、鉄材を大鎌で支え如何にか空間を確保していた。
「僕が支えるから、早く!!」
「分かった・・・・」
 転がる様に這い出て、奈菜は別の鉄材を背にして座り込む。
 意識が向かなくなった大鎌が消え、秋の手からも離れた鉄材がもう一度騒音を立てて崩れた。
「如何して・・・」
 奈菜の腹部の辺り・・・血塗れの猫が声を出した。
「如何して私を助けたの・・・?!」
「言っただろう・・・私にも大切なものがあるって・・・私だって、好き好んで誰かの其れを、奪ったりはしないし・・私が護れるなら、護る・・・」
 其の血は、奈菜の血。
「な、奈菜、その傷・・・!!」
 秋が言葉を失う。
 如何見ても其れは、死に至る傷。
「奈菜! 血は止められないのか?!」
「・・いくら『血』だからと言って・・・そんな事は出来ない・・ふ、血流は止められても、傷口が塞げ無くては、な・・・」
「な、何でもいい! このままじゃ出血多量で死んじゃうよ!」
「ふう・・・済まんが、意識が霞んで来た・・・・其れも出来ない・・様だ・・・・」
「奈菜、奈菜!?」
「・・・・切・・」
「な、何・・・!?」
「切、お前の大切な・・秋・・・秋に取っても、お前は大切なヒトだ・・」
「・・・・」
「そうだろう、秋・・」
「あ、ああ・・・・」
「互いに想い合って・・何を恐れる? 何が変わったって・・・今の其の想い・・変わらないだろう?
 秋を・・・自分を・・・・信じろ。 何を疑っても、秋を信じて・・・そうすれば・・」
「奈菜・・・・」
「でも・・・私は、使徒なのよ・・!! ヒトには、成れない・・!!」

217 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 13 :2005/04/17(日) 22:46:40 ID:BI16hUL8
「ふ・・・切、お前は、ヒトだ・・お前の秋を想う・・心・・確かに、お前は、心が在る。 お前は・・ヒトだ・・・・・・」
 段々と言葉の力が弱まって行く。
「奈菜!!」
「済まん・・・私は、此処迄・・・の様、だ・・・・。 史也を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「な・・・奈菜!!」
 瞳が閉じて、奈菜は沈黙した。
「奈菜・・・そんな・・・私、私・・・・私は・・」
 唐突に気付く。 自分は、史也の大切なものを、奪ったのだと。
「・・・私・・・私が・・奪った・・・・駄目、駄目、駄目っ・・!!」
 強烈な自責の念が切を襲う。
「こん・・な・・・!! 奈菜、死んじゃ駄目!! 死んじゃ、駄目ぇ!!!」
 泣き叫ぶ切。
「姉さん・・・!! 泣くのは何時だって出来る!! 僕は救急車を呼んで来るから!!」
「駄目・・・・駄目・・・・こんな、こんな・・・っっ!!」
「姉さん!!」
「駄目・・・死なせない!! 私の命に換えても・・・奈菜、貴方は―――!!!」
 体が熱く成る。
 切の体に新たな流れが生じる。
 風が騒ぐ―――。
「姉さん―――!?」
 世界が、変わる―――。


「・・・・・私は・・・生きて・・」
 意識が蘇る。
「・・・はは、当たり前か。 私は使徒なのだからな・・・私自身、『血』が死んだ訳じゃ無い・・」
 体を起こす。 ―――体?
「や、起きた?」
 聞き覚えの在る声。 ・・・秋だ。
「秋・・・!? わ、私は―――!?」

218 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 14 :2005/04/17(日) 22:48:13 ID:BI16hUL8
「生きてるよ。 太刀川奈菜として、ね」
「な、何故・・・」
「戻し切りって知ってるかな。 達人の刀と達人の腕があるとね、切ったものがまたくっ付くんだ。
 元々姉さんの『切』は其れに近い現象だったんだけどね。 分かれた分子と分子を再結合したんだよ」
「切に・・・そんな事が出来たのか?」
「いや、出来なかったよ。 姉さんも・・・見付けたんだ」
「何を・・?」
「切れたものは又くっ付けられる、ってね。 『切』の新しい一面・・新しい意味を、ね」
「そうか・・・切も、見付けたんだな・・」
 意味を見付けた・・きっと、何か大きなものを掴んだんだろう。
「切は?」
「ん・・自分の限界以上の干渉をした所為かな。 ・・猫の体は、死んだよ」
「・・!」
「今は、取り敢えず僕の中に居る。 色々考えたい事が在るんだって」
「そうか・・」
「伝言。 本当に御免なさい、って」
「なら伝えてくれ。 何も気にする事は無い、と」
「うん。 有り難う」
「・・そうだ、此処は?」
「病院だよ。 僕が入院してて、奈菜のお兄さんが入院してた」
「史也・・お兄ちゃん達には・・・」
「連絡したよ。 ただ、事前に口裏合わせとく必要があったからついさっきだけど。 すぐに来ると思うよ」
「そうか・・・心配掛けたろうな。 ふう・・・有紗辺りに言い訳するのが大変そうだ」
「あはは・・それだけ思われてるんだよ。 幸せ者だね」
「嗚呼・・・・私は幸せ者だ。 お兄ちゃん、有紗、秋、切・・・皆が私を支えてくれる。 家族として、親友として」
「僕と、姉さんも?」
「嗚呼。 二人は私の親友だ」
「・・・はは、姉さん泣いちゃった。 意外と泣き虫なんだなぁ」
「何だ知らなかったのか。 切はか弱いんだ。 お前が支えてやるんだ」
 秋の苦笑い。 しかし何処か嬉しそうだ。 大丈夫、この二人なら―――。

219 :月影に踊る血印の使徒:第四夜 エピローグ :2005/04/17(日) 22:49:47 ID:BI16hUL8
 日野瀬秋がこの病院に入院したのは三年前に成る。
 修学旅行の新幹線、脱線事故。 数百の命が消えた中、辛うじて其の生命を留めたのは、僅かに二人。
 日野瀬秋と、日野瀬五十鈴。
 二人は親戚として幼い頃からの交流が在った。
 強気な五十鈴に従う秋。 しかし五十鈴が何時も前に前にと出られたのは、何時もどんな時でも従ってくれる秋が居たからだった。
 二人が惹かれ合ったのは自然な流れだった。
 其の二人を引き裂いた事故。
 まるで何時も通りに一緒で在るかの様に・・二人は揃って植物状態に成った。
 先に目を覚ましたのは、秋。
 体に刻まれた記憶は、断の使徒としての秋の胸も強く締め付けた。
 そして、秋の目覚めから数日後―――。 

「ほら、姉さん・・・もういいだろ?」
 自分の中の『切』に話し掛ける。
「一杯悩んで、一杯考えて・・答え、出したんだろ? 後は、勇気を出すだけだよ」
 そっと姉の背中を押す。
 優しい風が二人限りの病室に流れ、ベッドの上の女性を包む。
 ―――女性が、三年振りに瞳を開く。
「あ・・秋・・・・」
「・・・お早う、姉さん」
 三年前と同じ様に、秋は五十鈴に笑い掛けた。
 切を、五十鈴の記憶が駆け巡る。
 そして、自分の想いと重なる。
「秋・・・秋・・!!」
 涙が止まらない。 又会えて嬉しい。 迷惑掛けて済まない。 支えてくれて有り難う。 ―――貴方が愛しい。 想いが止まらない。
「秋・・・っ!!」
 抱き締めて、唯々涙を流す。
「大好き・・・大好き・・・・・ずっと、ずっと一緒に、居て・・・!!」
「うん・・・僕は、ずっと姉さんと一緒だよ・・」
 唇が重なり―――風は、幸せを謳って居た。

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