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[第五弾]妹に言われたいセリフ

133 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 1 :太正94/04/02(土) 13:17:29 ID:szyt9Beb
 世界は千十一の要素で構成されている。
 今、世界は動き出そうとしている。
 そう、生まれ変わろうと。
 変わりゆく世界。
 それは要素に刻まれた宿命(さだめ)。
 千六番目の言葉を借りれば、キミ達は変わる事が運命付けられた『血印の使徒』。
 奈菜、キミの奏でる運命は―――。

「・・・・」
 土曜の午後、私は如何にも落ち着かず、十九杯目のお茶を飲み干した。
「・・・奈菜、そんなにお茶を飲んで如何するの?」
 至極当然の疑問が向いに座った猫から発せられる。
「・・・落ち着かない」
「・・・其れはこっちのセリフよ。 先刻からお茶を飲んでは台所に酌みに。 酌んでは飲んで、又酌みに。
 貴方ってそんなにお茶が好きなの?」
「・・・・否・・」
 言って立ち上がる。
「二十杯目よ」
「嗚呼・・・・・」
 湯飲みを掴んで、台所に―――。
 ぴんぽーん。
 其の音に私は即座に反応し、玄関に駆け出す。
「い、今開ける!」
 ドア越しの相手にそう言って、素早く鍵を外し開ける。
「おー・・・ただいま」
「・・・・・お帰りなさい、お兄ちゃん」
 松葉杖を突いた史也が入ってくる。
 そう、今日は史也の退院の日。
「はー、やっぱウチが一番だねー」
 まるで万里の旅から帰郷して来たかの様に、史也は玄関先で呟く。

134 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 2 :太正94/04/02(土) 13:19:33 ID:szyt9Beb
「奈菜、ちょっと手伝ってくれ」
 言われる通りに史也を支え、背中に背負った鞄を降ろす。 次に、鞄の下に背負った松葉杖。 屋内用だろう。
「疲れただろう」
「あー、まぁ病院からぴょんぴょん来たからな」
「・・・だから私も付き合うと言ったのに」
「いやいや、体鈍ってるだろうから、こんぐらい運動しとかねーと」
「・・・無理をするなよ。 言えば、何でもするから」
「おー」
 屋内用の杖で居間に向う。 途中で転びやしないかと気が気で無い。
「おー・・俺んちだ。 帰って来たー、て感じがするなー」
 ばふっと先程迄私が座っていたソファーに掛ける。
「はー、くつろぐなー・・・あれ? その猫は?」
 正面に成った切を指して訊ねてくる。
「あ、ええと、飼って・・るんだ」
「飼う? 奈菜が、猫を?」
「嗚呼・・・駄目、か?」
「んや、構わねーけど・・奈菜が、動物を、ねぇ・・・」
 心底意外そうな表情。 ・・・私が動物を飼うのは、そんなに可笑しい事だろうか。
「でも、なんでまた」
「え、ええと・・」
 聞かれて、適当な理由が浮かばない。 ええと・・・。
「そ、其の、お兄ちゃんが居なくて、寂しかった、から・・・」
 即興で適当な理由を丁稚挙げるが・・な、何か・・凄く恥ずかしい事を言っている気が・・・・・・。
「へー・・・・・へ?! い、今なんて」
「ちょ、一寸部屋に行って来る!」
 私は堪らなくなり、史也が言い終わる前に部屋を飛び出し、一気に自分の部屋に駆け込んだ。
 落ち着くように、深呼吸。 ・・顔が火照る。
「・・・・まるで別人ね」
 付いて来たらしい、切の声。
「この前焼を沈黙させたのと同一人物だとは思えないわ」


135 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 3 :太正94/04/02(土) 13:21:55 ID:szyt9Beb
「う、五月蝿いな。 私だって、こんなのはらしく無いと思って居る・・。 だ、だけど・・・・・」
「はぁ、まるで中学生ね」
 ぴょんと飛び上がり、ベッドの上に丸く成る。
「中学生・・如何云う意味だ?」
「さあね」
 其れきり、切は黙り込む。
「奈菜ー、ちょっと来てくれー」
 史也の声。
「ほら、呼んでるわよ」
「嗚呼・・・・分かっている」
 ドアを開け、廊下に出て行く。
「・・・・恋する中学生、みたいなのよ。 まぁ、初めての家族に戸惑ってる、って事にしておきましょう」


 病室には静寂が満ちていた。 昼間迄、其処には歓喜の涙が溢れていた。
 三年間植物状態だった青年が、唐突に目を覚ましたのだ。
「日野瀬秋(あき)、か・・」
 其の青年が病室の窓辺に月光を浴び、己の名前を呟く。 満月から幾日か分欠けた月を見上げて。
 ―――音も無く、病室にもう一人が現れる。
「やぁ・・・『初めまして』、かな?」
 可笑しそうに首を少し傾げて笑う。 銀髪が揺れた。
「キミの新しい名前を、教えてくれるかい?」
「・・そっちの国だとどうか知らないけど、日本では先に名乗るのが礼儀だよ」
「ふふっ、そうだね。 ボクの名前はウィル・フロイライン」
「日野瀬秋」
「アキ、か。 うん、いい名前だ」
 嫌味の無い笑顔で、ウィルは秋に並んだ。
「如何だい、彼女は」
「別に・・普通、かな」
「そうか。 普通、か・・・くっくっく・・」


136 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 4 :太正94/04/02(土) 13:23:22 ID:szyt9Beb
「・・・何が、可笑しい?」
「いいや。 使徒が、使徒を、普通、って表わすなんて、ね。 コレも『世界の変容』の一部なのかもね」
「変容する世界、か。 奈菜は、その・・・」
「『血印の使徒』、だってさ。 千六番目も中々センスが良い」
「それはつまり、奈菜が『世界の変容』其の物だ、ってことなのか?」
「そうなるね。 勿論奈菜だけじゃない、もっと沢山の使徒たちが変わり始めてる。 例えば、キミ」
 ウィルの碧眼が、秋を見据える。
「風は影響されやすいからね。 キミのお姉さんも、そうかもね」
「でも、僕らは」
「そう、『世界の変容』と呼べる程大そうなものじゃない。 『意味』が変わった訳じゃないから。
 まぁ例えるなら、性格がちょっと変わった位のもの。 でも、奈菜は違う」
「『意味』其の物、要素其の物を変えてしまった」
「ふふふ、楽しみはこれからさ。 奈菜だけでは終わらない。 『世界』は動き出す。 そう、生まれ変わるんだ」
「・・・・お前は、何がしたいんだ?」
「ボクかい? ボクはただ、聴きたいんだ」
 月影に、銀と碧が輝く。
「『世界の再誕』っていう、交響曲(シンフォニー)をね」
 子供が新しい玩具を見付けたときの瞳。
「千八番目は言った。 停滞したものは存在しているとは言えない。 変わり続ける事こそが『永遠』だ、ってね」
 純粋な喜びに満ちた瞳。
「変わり続けるから『世界』は存在する。 今まで淀んでいた『世界』が、一気に流れ出す」
 純粋過ぎる程に、純粋な瞳。
「ボクは聴きたい。 『世界』たちが奏でる『音楽』を。 たった一度限りの、その音色を」
 時に、純粋さは残酷さでもあり、狂気でも或る。 ウィルの瞳に宿る純粋、其れは―――。
「ま、ボクの話はこの位でいいよ。 それよりも彼女のことなんだけど」
「彼女?」
「奈菜を狙ってる使徒さ。 彼女も或る意味『血印の使徒』なんだけどね」
「分かったのか?」
「うん。 彼女はね―――」



137 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 5 :太正94/04/02(土) 13:25:25 ID:szyt9Beb

 夜風に白衣が旗めく。 曇り無く輝く月に映し出された美しい横顔。 視線の先に、ヒトのシルエット。
「汝か」
 白衣の女性が、其れに話し掛ける。
「あら・・・焼かしら?」
 振り向く其れ。 声は確かに白衣―――焼に伝わる。
「怪我はいいのかしら? まぁ、『切』に切られたのなら、かえって丈夫になったかも知れないわね」
 焼は、応えない。
「・・・・汝が私を操ったのか」
「うん? ああ、この前のことね。 ええそう。 私がやったの」
「何故」
「うふふ、話しても貴方に分かるのかしら? まぁ『忘却者』だったのなら分かるかも知れないわね」
「・・・・汝は私の寄り代だけで無く、この街全てを危機に追いやった。 其の罪は重いぞ」
「罪? 一体何の事かしら? 私は私が司るモノを司っているだけ。 そう、全ては其れだけの事」
「意味も無く私にこの街と云う世界を壊させようとした」
「意味も無く? 言った通り、私は自分の司るモノの為に動いただけよ。 意味なら其れで十分」
「話に成らんな。 『世界』の為に世界を壊すなど、戯けた理屈だ」
「あらあら、『忘却者』だった割には随分前時代的ね」
「『忘却者』が、何だと言うのだ」
「分からない? 『忘却者』は『世界の変容』の一部。 寧ろ最たる物なのかも知れないわね」
「『世界の変容』・・?」
「知らない? まぁ仕方ないわね。 今、『世界』は変わろうとしているの」
 ゆっくりと、影が動き出す。
「私がこうして此処に居るのも、『変容』のお陰。 そう、奈菜のお陰なの」
 月光に浮かぶ其れ。 確かに、ヒト。 だが、何かがヒトでないと感じさせる。
「だから私は彼女にお礼をしたいの」
 姿でなく、内面。 滲み出る、狂気。
「うふふふふ・・。 貴方も一緒に舞台に上がる?」
「・・・・お断りだ」
「あら、其れは残念」

138 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 6 :太正94/04/02(土) 13:27:06 ID:szyt9Beb
「・・・・私はけじめを付けに来た」
「けじめ? うふふ、其れは詰り―――」
「こう云う事だ」
 焼が動く。 振り被らずに伸ばした右手が、相手の衣服を掴む―――炎。 衣服が燃える。
「あら大変」
 瞬時に離れた其れは、手早く上着を脱ぎ捨てる。
「もう、上半身裸。 警察に捕まっちゃうわ。 うふふ」
 其れでも猶楽しそうに笑う。
「怖いわね。 私を『殺す』の?」
「嗚呼」
「そう、其れが貴方のけじめなの・・・うふふふふふ」
 月を背負い、妖しく瞳が輝く。
「調子に乗るんじゃないわ」
 静かに、全身を駆ける様な声。 冷たく、鋭利。 言葉が、焼の体温を奪う―――。
「・・・?!」
「うふふふふ・・真逆本気で私を『殺せ』ると思った? 『現象』風情が」
 唯言葉が焼に届く――其れだけで体温が奪われていく。
「私は根源にして観念。 ヒトの体を持つ限り、生物の体を持つ限り、私を伏す事は出来ない」
「・・・!!」
 最早息すらも苦しい。 一呼吸毎に『死』が近づく。
「私は『恐怖』。 半身の『恐』を超えるモノ。 根源として在る観念」
 足元に焼を見下ろす。
「でもね・・。 私も知らなかった『恐怖』が在ったの。 其れを奈菜が教えてくれたの」
 襟を掴み、片手で焼を引き上げる。
「其れは『孤独』。 私は半身のお陰で今まで其れを知る事は無かった。 私は一人じゃなかった。 彼女が居た」
 瞳に宿る狂気。
「奈菜が、彼女を『殺し』てくれたお陰で、私は『孤独』を知り真の『恐怖』に成った。 そう、奈菜のお陰なの」
 唯、狂おしく。
「だから、殺してあげるの。 彼女を、彼女の全てを。 彼女にお礼をするの。 私の半身の分まで」
 純粋に。

139 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 7 :太正94/04/02(土) 13:29:08 ID:szyt9Beb
「私はお礼をしたいだけなの。 彼女にも、この想いを教えてあげたいの」
 其の狂気の名は―――。
「私の『憎しみ』。 半身を奪った彼女への想い。 伝えたいの」
 焼の意識が霞む。
「貴方に分かるかしら? 私の憎しみ、孤独、絶望・・・・恐怖。 私自身が初めて知った恐怖。
 孤独孤独孤独、唯々一人。 今迄確かに居た私の半身が消えていく。 世界が変わる。 私と云う『世界』が『死ぬ』。
 私は彼女の居なかった頃にはもう戻れない。 私は孤独でない事を知ってしまった。
 そして本当の恐怖を知ってしまった。 ―――孤独孤独孤独、孤独。 私は恐怖した。 孤独と云う恐怖に。
 私自身に。 ・・・自分を認められなく成った使徒は如何すれば良いのかしら? 分かる?」
 繋ぎ止めた意識では、応える事も儘成らない。
「自分で『死ぬ』の。 己を否定するのは、つまりそう云う事なの。 意識其の物なんだから、使徒は」
 手を放し、焼を捨て置く。
「でも、私は未だ此処に居る。 何故? ―――もう一つの道を選んだの」
 月を仰ぐ。 蒼い光が彼女を映し出す。
「自分で死ぬのが嫌なら・・私が居られる様に世界を変えれば良いの。 私が居られる世界に」
 両手を広げる。 月光を受け止めるかの様に。
「奈菜、彼女の『恐怖』・・きっと私の『恐怖』を癒してくれる。 だって私は『恐怖』なんですもの。
 うふふふふふふ・・・。 うふふふふふふふふふふふ――――――」


「―――どうよ!?」
 余韻冷めやらぬリビングに、有紗の声が響く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの?」
「・・・・いい! やっぱスゲーよ有紗ちゃん!! 有紗ちゃんはホンモノだ!」
「あ・・そ、そんな褒められると照れちゃうかにゃー? あ、あははー」
「な!? 凄いよな、奈菜!!」
「嗚呼・・・矢張り良いものだな・・・・流石だ、有紗」
「な、奈菜ちゃんまでー。 どーしたのよー、いつもはそんな褒めないのにー」

140 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 8 :太正94/04/02(土) 13:30:47 ID:szyt9Beb
「否・・正直な感想だ」
「うんうん! いい! マジ最高!」
「う〜、褒めすぎです〜」
 日曜の午後、有紗の家のリビング。 そしてグランドピアノの前に座った有紗。 詰り、そう云う事だ。
「奈菜! お前は幸せ者だ! こんな素晴らしい友人に恵まれて・・・! 俺は嬉しい・・!」
「全くだな・・・有紗、有り難う」
「あう・・・」
 珍しく赤くなる有紗。 そう言えば有紗は褒められるのが苦手だった。
「にゃう」
 私の隣の切が鳴く。 折角だから連れて来たのだ。
「ん、切もそう思うか。 付いて来て正解だったろう」
「にゃあ」
「そうだな、秋にも聞かせてやりたかったな、有紗のピアノ」
 そんな私達の遣り取りに有紗が気付く。
「あ、そ、そう言えば奈菜ちゃん、そのにゃんこはどしたの?」
 話の先を私達に向ける。 まぁ、此処ら辺で話題を変えてやろうか。
「えーと、飼ってるんだ」
「へー? 奈菜ちゃんがにゃんこを? そだねー、奈菜ちゃんはわんこよりにゃんこが似合いそうだもんねー」
 寄って来て、切に触れる。
「こんにちわー。 お名前はー?」
「にゃ・・」
 少し嫌そうに身を捩る。
「切だ」
「せつ? ちょっと変わったお名前だねー。 奈菜ちゃん命名?」
「否・・元からそう云う名前だ」
「もとから・・? もらい猫なの?」
「ん、そう、だな」
 しまった・・少々墓穴を掘ったかもしれん。
「誰からー?」
「ええと、其れは、だな・・」


141 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 9 :太正94/04/02(土) 13:32:39 ID:szyt9Beb
 余り適当な嘘だと、又ボロが出るかも知れんな・・。
「知り合いから、だが」
「え、誰?」
「あー、其の、病院でな、知り合って」
「ほー」
「・・えーと、ほら、病院だと動物は飼えないだろう?」
「へー。 で、誰なの?」
「・・否、誰って」
「人見知りの奈菜ちゃんだ病院で出会ったー、なんてウソでしょー?」
「私は別に人見知りでは・・・」
「わたし、奈菜ちゃんがわたしとお兄さん以外にお話してるとこ、見たことないよー?」
「み、見た事無いだけだろう・・・」
「あー、有紗ちゃん、あんまりうちの妹いじめないでやってくれよ」
 見兼ねた史也が口を出す。
「でもでもー、お兄さんも気になるでしょー? 奈菜ちゃんが無理にウソ吐くなんてー。 ・・分かった!
 きっとオトコですよ! ・・・・奈菜ちゃんに春が!? ウソ、マジで!?」
 ぶっ、と史也が妙なリアクションをする。
「な、なんだって?! 奈菜に、オトコ!?」
「そうに決まってます! 親友にウソ吐くなんて、そーゆー事なんです、きっと!」
 妙な自信で、自分で頷く有紗・・・。
「でしょ?! オトコなんでしょ、奈菜ちゃん!」
「否・・まぁ、貰ったのは、男性からだが・・・」
「ほら! ついに吐いた! ああ、真実はいつも残酷なのね! あの奈菜ちゃんに、恋人がっ!」
「い、否、恋人とかでは・・・」
「な、奈菜に彼氏が・・むぅ、兄として、どうリアクションを取ればいいんだ・・」
 し、信じるなよ、史也・・・。
「こ、ここは家まで呼んで、妹はお前なんぞにやらーん! ってすべきです! それが正解です!」
「しかし・・奈菜を祝福してやるべきでは・・」
 しないでくれ。
「にゃに言ってるんですか! わたしたちのかーいい奈菜ちゃんはまだお嫁になんか行かせないんですっ!」


142 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 10 :太正94/04/02(土) 13:34:47 ID:szyt9Beb
 もう嫁の話か。
「うーん・・でも、奈菜が選んだ相手なわけで・・・」
 否、選んで無い。
「違いますぅ! 純情な奈菜ちゃんは、悪いオトコに騙されてるんですぅ! そんなヤツは一刀両断ですぅ!」
「いや・・しかし・・・」
 ・・・何を本気に成って居るんだ、この二人は・・・。
「はぁ・・」
「にゃぁ・・」
 私の溜め息と、切の呆れた鳴き声が重なった。


「ふふふ・・・彼女は幸せ者だね」
 遠い駅ビルの屋上、ベンチに腰掛て呟く。
「だからこそ、『血印』なんだろうね、奈菜は・・」
 目を開ける。 広がる夕日に、銀髪が紅く染まる。
「また、覗き見かよ」
 ずっと後ろに居た男が喋り出す。
「折角借りたんだから、有効に使わないと」
「・・まぁいいさ。 それよりウィル」
「なんだい、エイジ」
「アイツは、いいのか?」
「アイツ・・? ああ、彼女の事か」
「そろそろ動き出すだろ・・奈菜を『殺し』に」
「そうだろうね」
「そうだろうね、って・・いいのか? 『血印』なんだろ、奈菜は」
「それなら彼女もそうさ」
「・・どちらが『死ぬ』事になっても、それも『変容』の一部って事か」
「あるいは両方『死ん』でも、『死』ななくても」
 二人だけの屋上に、一陣の風。 天から降り立つ、少女。
「ヒトが居ないからって、『飛』んで来るのは余り感心しないなぁ」

143 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 11 :太正94/04/02(土) 13:36:35 ID:szyt9Beb
「早く知らせた方がいいかなー、って」
 反省した風でもなく、呑気に少女は返す。
「『時の制限』はしたのか?」
 エイジが咎める様に聞く。
「・・・・えへへ」
「えへへ、じゃねぇ。 バレたらどーすんだ」
「むぅ、そーは言うけどねー、マイは全っ然『弱』っちい使徒なんだよー? そんな器用なこと出来ないもーん」
「あのなぁ・・・」
「まぁまぁエイジ。 マイはまだ『生まれたばかり』なんだ。 少しは大目に見てあげよう」
「そーだそーだ」
「マイも調子に乗らない。 確かにマイが悪いんだから」
「はーい。 以後気を付けまーす」
「あーもー、コイツは・・・。 で、なんか報告があったんじゃねーのか」
「あ、そーだそーだ。 あのね、あのヒトのことなんだけどー」
「あのヒト?」
「怖いヒト」
「『恐怖』か」
「ほら、六人目の、なんか・・」
「六人目の腕(かいな)」
「そー、それ。 それのヒトいたよねー? そのヒトをね――――――」
「そうか・・・・分かった、有り難う」
「焼、か・・・アイツは・・」
「『忘却者』。 『変容』に近しいモノ・・だった」
「動き出したか・・・『恐怖』が」
「さてさて・・此処からは奈菜次第だ。 生き残るのはどっちかな?」
「悪趣味だな、お前」
「どうして?」
「楽しそうだ」
「楽しいさ。 コレも『変容』の前奏曲(プレリュード)。 どんな音色が聞けるのか・・・楽しみだよ」
 日が沈み・・三人は闇に消えた。

144 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 12 :太正94/04/02(土) 13:45:19 ID:szyt9Beb


「あのさー、奈菜」
 夕飯のシチューを掬いながら、史也が話し出す。
「何だ」
「いや、さぁ・・彼氏の事、なんだけど」
「だ、だから其れは違うと言っただろう!」
「あーうん、それは、な。 んでさ、もしも奈菜に彼氏が出来たら、さ」
「・・・出来たら?」
「教えてくれよな。 祝ってやっから。 まぁ、さ、心配しない訳でもないけど、ほら、俺なんかより奈菜はずっとしっかりしてるからさ。
 奈菜が選んだヤツなら、まぁ、多分大丈夫だろうし・・・」
「う・・ん・・・・分かった・・」
「んー・・そうだよなぁ。 いつまでも一緒ってわけにもいかんよなぁ・・。 俺も妹離れしないとな。 彼女も出来やしねぇ」
 冗談めかして笑う。
「彼女・・居ないのか」
「おいおい・・居ると思ったか?」
「否・・・唯、確証が無かったから」
「だはは、彼女居ない暦がそのまま年齢だ」
「そうか。 良かった・・・」
「いや、良かった、って・・・」
「ん? 如何かしたか?」
「いや・・・・ははは、奈菜も兄離れしないとな?」
「私は・・したくないな」
「え?」
「出来るなら・・・・ずっと、一緒に居たい」
「・・・・・・まぁ、アレだな。 ・・無理に離れることもないか?」
「うん」
「奈菜は家事出来ないしな」
「う・・・うん。 そ、其の内、憶える」
「俺と居るウチは憶えなさそうだけどな」


145 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 13 :太正94/04/02(土) 13:47:29 ID:szyt9Beb
「な、何だ・・間接的に離れろと言ってるのか?」
「あーいやいや、そんなつもりじゃねーって」
「嫌だからな・・・私は」
「ん?」
「お兄ちゃんが何と言っても、私の方から離れる心算は無いからな」
「・・・何ムキになってんだ?」
「べ、別にむきに成ってなど居ない」
「ムキになってるよなぁ? セツ」
「んにゃー」
「おー、セツもそう思うかー」
「なっ・・・! も、もう良い!」
 だん、とテーブルを叩き、立ち上がる。 其の儘ドアに向う。
「何処行くんだー?」
「散歩だっ!」
 怒鳴り散らし、台所を出る。
 つとと・・と切も走り出す。
 一人残される史也。
「たはは・・・からかいすぎたか?」
 苦笑いと独白が部屋に響いた。


「ブラコン」
 外に出る為り、切が言う。
「・・・・五月蝿い」
「自覚は在るのね」
 塀に飛び上がり、私の少し前を行く。
「貴方少し可笑しいわよ」
「・・・分かっている」
 此処の所・・如何も自分を上手く扱えない。 自分の想いをコントロール仕切れない。
「使徒らしくないわ」

146 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 14 :太正94/04/02(土) 13:49:31 ID:szyt9Beb
「使徒らしく、か・・・」
 今迄感じようとして居なかった、想い。 其れを受け入れて、私は・・・・。
「ヒトに、近づけた・・・のだろうか・・・・」
「ヒトに、近づく・・・?」
 切が訝しげに此方を見遣る。
「貴方・・・ヒトに成りたいの?」
「ヒトに・・成りたい訳じゃ、無い。 唯、私はもっと・・ヒトを・・・『想い』を、知りたい」
「・・・・変わらないわ。 それは詰り、ヒトに成りたいと云う事よ」
「そう、かもな」
「そして・・それは馬鹿げてる。 使徒は使徒よ・・そしてヒトはヒト。 例え『人』だって、結局は使徒であってヒトではない」
 何処か、寂しそうな切の声。 淡々と語る其れは、確かに真実。
「でも、私は―――」
「貴方は『変容』を認められないのね」
 私の声が、三つ目の声に遮られる。 道の行く手、街灯にぼんやりと映し出される女性。
「其れは仕方の無い事。 誰だって今迄の自分を否定されれば腹が立つわ。 でもね、『世界』は変わろうとしている。
 其れは疑いようの無い事実なのよ、八百四番目」
 其の女性の言葉が続く。 『世界』が、変わる・・?
「私も変わるのは嫌だった。 嫌だったの。 でも、変わってしまう迄、其れが分からなかった。
 ――変えられてしまう迄。 ねぇ、奈菜?」
 ぞっとする、其の声・・殺意。
「だから、私は貴方の味方。 変わりたくなければ、変わらなければ良いの」
「あ、貴方は、何なの・・・?!」
 切が、声を搾り出す。
「私? うふふ・・・奈菜に半身を奪われた、哀れな使徒よ」
「貴様・・?! 焼を操ったのは、貴様か・・・・!!」
 つかつかと歩み寄る。 構えようとするが・・。
「・・・動けない・・?!」
「奈菜、少し待ってなさいな。 私は今、八百四番目に用が在るの」
 言葉一つ一つが私を縛る鎖と成る。 圧倒的な、『強さ』・・・・!!!
「八百四番目・・・司るのは、『切』でよかったかしら?」

147 :月影に踊る血印の使徒:第三夜 15 :太正94/04/02(土) 13:51:52 ID:szyt9Beb
 切も、身動ぎ一つ出来ない。
「貴方にも、在るのでしょう? 変えたくない、失いたくない何か。 私にとっての彼女の様な。
 失いたくないのでしょう? 其れを奪われて、貴方は貴方で居られる?」
「う・・・あ・・・・」
 切が、相手の言葉に伏されて行く。 眼光が鈍り、虚ろに成る。
「教えましょうか、護る術を。 変わらなければ良いの。 そう、其れだけ。 でも、其れだけじゃ完璧じゃない。
 貴方が変わらなくても、世界が変えられてしまうから。 だったら如何すればいいの?」
「・・・変えさせない・・・・・変えさせなければ、良い・・」
 うわ言の様に・・・意識が在るのかも分からない様な声で、切が答える。
「そう。 『世界の変容』なんて・・馬鹿げてる。 私達に『変容』なんて―――必要無い」
「失う位なら――この儘で良い・・・新しいモノなんて、要らない・・・・・」
「そう・・私達には大切なモノが在る。 何よりも、自分よりも大切なモノが」
「私は・・・私達は・・ずっと、この儘で・・・・良い」
「そうよ。 うふふふふ・・・良い子ね」
 大事そうに切を抱え上げる。
「行きましょう、八百四番目。 私と共に。 『世界の変容』なんて私達には必要無いもの」
 身を委ねる切・・二人は、夜闇に消えようとする。
「ま・・・待て・・!! 貴様、切を如何する気だ!!」
「如何も? この子が言ったとおり。 私達は私達が望む儘に行動するだけよ」
「私が・・・・狙いでは無かったのかっ!?」
「貴方を殺すわ。 絶対に」
 確かな殺意が私を貫く。 堪らず、膝を突く。
「でも言ったとおり。 私は私と同じ想いをさせたくないの。 この子には」
 既に意識の無い切を優しく撫でる。
「・・・なんてね。 精々私の役に立って貰うわ・・・うふふふふふふふ」
 狂気。 間違い無く、其れは病院で垣間見たものと同じ。
「うふふふふ・・安心してね。 ちゃんと、貴方の半身から殺してあげるから。 貴方を『殺す』のは其の後」
「史也に・・・・手を出すなぁっ!!!」
「うふふふふふふふふふ・・・・・楽しみに、待っててね。 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ――――――」
 漆黒に影が消え・・辺りに残るものは無かった。 空には月さえも無く――――闇だけが、其処に。

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