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[第六弾]妹に言われたいセリフ

213 :海中 ◆xRzLN.WsAA :2006/02/25(土) 19:35:12 ID:sJhG9+Hj
「ありえねぇ……」
俺は今、船上のマンションの一室のベランダにいる。背後のまあまあ広い室内では、
浮かれた両親たちがこれからの物語に妄想を膨らませていた。
「お兄ちゃん、元気出してよぅ……酔ったりしないから、大丈夫だよ」
「いや、それは心配してないけどさ」
いきなり船の上で暮らせって言われても、無理がある。そもそも学校だって転校だ。
船の中の日本人学校に。
「ありえねぇ……」
自分の理解できる領域を遥かに超えたスケールに、俺はただただ呆然とするしかなかった。
「えと、それじゃあ散歩にでも行く?」
「散歩?船の中をか?」
「他にどこに行くのよ〜……。もう……」
「そういや、何でもあるんだってな。地図を頼りに行ってみるか」
そうだ、船上に何でもあるなんて楽しいじゃないか。そうだ、きっと楽しいぞ。
何しろ超豪華客船だもんな。珍しいものがたくさんあるぜ、きっと。
……きっと。
「えへへ〜♪よーし、しゅっぱーつ♪」
優希に引きずられながら、俺はのそのそと歩き出した。

214 :海中 ◆xRzLN.WsAA :2006/02/25(土) 19:36:19 ID:sJhG9+Hj
探索に出かけた俺たちだが、俺の杞憂はあっという間に消し飛んでいた。
何しろすべてのスケールが半端じゃないのだ。部屋を出ると長い廊下が左右に続き、
展望室からは街の様子が一望できる。
おそらく中心と思われる広場には木々が生い茂り、まるで地上の公園のようだった。
「すげぇ」
「す、すごいね……」
二人してベンチに腰かける。辺りを見回すと、同じような日本人家族を何組か見かけた。
日本人居住区でもあるのだろうか。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「ん?」
優希は少しだけ唇をかみ締めたあと、ふっと小さく笑い、
「な、なんでもない……」
そう呟き、またガラスのほうへと顔を向けた。

街中は出航直後ということもあってか、物凄い人の数だった。
しかもすれ違う人ほぼ全員が外国人。アジア系も何人か見かけるが、それでも金髪が多い。
だが、それに臆する俺ではない。残念ながら、英語は得意なのだ。
親父が医者であり、さらに有名大学をサラッと出ている秀才のため、当然のことながら
勉強を強要されて、否応無しに学力は良くなっていた。まあ、そういう設定だ。
とにかく、これほどの国際的な都市で英語が話せるのは必須であり、その点では安心できた。

215 :海中 ◆xRzLN.WsAA :2006/02/25(土) 19:37:25 ID:sJhG9+Hj
「わっ!ねぇ、アレ見てよお兄ちゃん!」
優希に腕を引かれ、人の波をかき分けながら進んでいく。頭上を見上げると、切り取られた空から
まばゆいばかりの日差しが降り注いでいた。
やがて俺たちは海面に最も近い港に辿り着いた。木馬の足のように、幾つかの発着場が
伸びている。二人はその先端まで歩き、縁に腰かけた。
水面がゆらゆらと揺れて、互いの顔を鏡のように映す。
「うわぁ〜!綺麗だね……」
「そうだな。海はもっと汚いと思ってたけど、意外と綺麗だな」
「うん……」
俺は動く水面をじっと見据える。優希はぽつりと漏らした。
「あと、三年だね……」
「ああ……」
三年、それは俺たちにとっては非常に重要なものだ。
「でもね。優希、最後にこんな旅行が出来るなんて、幸せだよ?」


216 :海中 ◆xRzLN.WsAA :2006/02/25(土) 19:38:28 ID:sJhG9+Hj
「……最後なんて言うなよ……」
俺の妹、優希はおよそ三年後に死ぬ。
生まれたときから心臓に重い障害を宿していた優希は、生まれたときから死を知っていた。
成長するにつれて次第に身体に異常を覚え、小学生のときに病だと判明した。
原因不明の心臓病。医者の親父が全力で治療に当たったが、効果は得られなかった。
最先端の医療施設で分かったことといえば、冗談のような寿命だけだった。
これが。
これが、彼女の最後の旅になる。
次に日本に帰ってきたとき、彼女はもういない。生きていたとしても、ほんの少しの差でしかない。
「えへへ……そんな暗い顔しちゃダメだよ」
優希は俺の顔を覗きこみ、にっこりと笑った。
俺たちの足元では轟々と巨大な何かが唸り声を上げている。
決して逃れられない『何か』にたいして、俺は震えを感じた。
「……優希」
「……ん?」
青い青い空の下、蒼い蒼い海の上で、俺は立ち上がった。
「ありがとな。元気、出た」
「……!!」
手を差し出す。俺の手のひらは優希の手をしっかりと掴み、その身体を引き寄せた。
「えへへ……ありがとっ」
始まったばかりなんだ。何もかも、まだ。

2007年7月。その旅は始まった。


217 :海中 ◆xRzLN.WsAA :2006/02/25(土) 19:40:58 ID:sJhG9+Hj
絶対に忘れられていると思います、お久しぶりです。
いろいろと書き逃げしてきた前科があるのですが、今回だけは
しっかりと書き終えたいと思っています。

ちなみに「フリーダムシップ」自体はノンフィクションです。

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0ch BBS 2004-10-30