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夏目房之介さんスレッドver.4

534 :ハーイ、先生質問でーす :2000/11/09(木) 02:05
もしもー、マンガ学部で講義するならばー、何ていう講座を
担当しちゃいたいですか?
ちなみに、竹宮恵子先生は、というと「脚本論」でした。
マンガの歴史?マンガの力?比較文化論的マンガ学?
それともマンガ概論?・・←んなことだけは、ない気がしますが?

535 :ああっ名無しさまっ :2000/11/09(木) 02:22
夜話の延長戦あるいは番外編として、「マンガ大学」やらないかなあ。
校長(と書いて何かあった時の後始末役)に夏目さん。
講師はコワモテのいしかわ教授に、やたらしゃべりまくる岡田教授。
あと、なぜか競馬専攻の大月教授。
事務のおねーさんとしてアシスタントさん。
後は、ノリのよい現役漫画家のみなさんを2・3人と、教授陣と仲のよい
講師(呉さんとか)の方々をお呼びして、3時間くらいの限定開講。

金八先生の課外授業の回みたいになって、おもしろそうだ〜。


536 :あ” :2000/11/09(木) 02:36
>>534

「マンガ的男根論」とか「マンガ女体論」だったりしたら、
おいら、テンプラして聴きに行くぞ!(笑い

537 :ああっ名無しさまっ :2000/11/09(木) 02:51
>535
いいねーそれ。んじゃ名物院生として、みうらじゅんさんで!
万年学生として、みなもとたろう先生に一番後で居眠りしてもらお。


538 :ああっ名無しさまっ :2000/11/09(木) 03:07
>>511 絵→写真→連続写真→映画という画像→映像の変化、
近代における文と絵=小説と絵画の分離(宮本大人氏仮説)

確かに、映画の始まりは、連続する画像の面白さにあったみたいですね。
1890年代の映像作家で、フランスのジョルジュ・メリエスという人が
いるのですが、この人は破天荒なフィルムを得意としていました。
元手品師という経歴を持つメリエスは、ある日、公園で撮影をしていたのですが
撮影中、急にカメラが故障しちゃったんです。
そこで、撮影を中断し、修理して、もう一回カメラをまわしたんです。
そしたら、中断前の映像が、再開した時の映像とくっついちゃって、馬車が
霊柩車に、男が女に、とまるで突然変異を起こしたような、不思議なフィルム
ができたんです。
これは、記録の正確さを求めるならば、失敗作です。
だけど、メリエスはこの魔可不思議な映像にはまっちゃったんですね。
もともとそういう素質があったんだろうけど、その後この経験を生かした
「トリック撮影」(止めては撮る、ということを繰り返して、最終的に1本の
フィルムに仕上げる)を駆使して、幻想的な作品を作っています。
ある男の頭が伸び縮みする「ゴム頭の男」や、魔術師の魔法で、小さいびんに
女の子が閉じこめられる「悪魔のトリック」(フィルムに直接着色しているの
で画面が赤っぽい)など、変化の面白さを追求し続けています。
単純明快で、わかりやすく、映画の初期にすでにこのようなフィルムがあった
のか、と驚かされます。テレビの特集で見た、手塚さんのアニメ「ジャンピン
グ」に通じるような、動かすことの楽しさがストレートに表現されています。

そういえば、映画の初期って、音楽やセリフを収録・再現する技術が映像に
追いついていなかったから、映像とセリフが、別々の画面に、交互に映される
んですよね。このへんが、フキダシとセリフの関係性に、何か関係があるのか
なあ。つか、長くてごめん>all

539 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 11:00
532さん、ありがとうございます。

>>534 名前:ハーイ、先生質問でーす
たぶん、適当になんでもできる題を考えて、
直前に考えるんじゃないかな。
講演はいつもそうだから。
締め切りが遠いと考えない。

>>535
俺、銅像になって水かけられるの?
(ハナ肇)

>>538
>>映像とセリフが、別々の画面に、交互に映されるんですよね。
このへんが、フキダシとセリフの関係性に、何か関係があるのか

それは絵物語など、ナレーションと絵が交互にくる印刷物のほうが先じゃないかな。
セリフの分離は舞台脚本であったろうし・・・・
ところで、メリエスの段階からモンタージュ論で映画を飛躍させた
エイゼンシュタインは俳句からインスパイアされて考えたって知ってた?
竹熊さんから教わったんだけど。


540 :ああっ名無しさまっ :2000/11/09(木) 15:57
思いつきですまん。
漫画の評論などをされる方も増えてきている気がするんだけど
各々の活動をまとめて知ることができるような“場”を創っては
もらえんでしょうかねぇ。(まだないよね?)
一読者としてはバラバラにみなさんの活動までは追いかけづらいんだけど。
「オレこんなの書いたのでよろしく」みたいな情報が列記されてるだけの
ホームページでもいいんだけれどなぁ。
(あとそこに漫画評論用語辞典でもあれば完璧なんだけど)
漫画夜話のサイトあたりを拡張してはもらえんのでしょうか?

541 :うそ :2000/11/09(木) 17:10
>541
あと、漫画技術用語辞典的なものも欲しいです。

それともどなたかすでに体系的網羅的なものは出していらっしゃるのでしょうか。

542 :優馬 :2000/11/09(木) 17:26
>>541,540

>漫画評論用語辞典でもあれば完璧

同感。ただ、「マンガ評論」の用語そのものがまだ開発途上にあるというのが現状
では?
夏目さんのお仕事あたりがそのへんを切り開いていると思うのですが、ほんと、誰
か学問的な頭の方が体系的に整理してくださらないかしらん。
夏目さんの本は、どんなに堅くてもエンターテインメントの要素(というか「マンガ
好き」の香り、みたいなモノ)が入っていて、すごく好きなんですが、まだ体系化は
されていない。
「マンガ学部」が真っ先に取り組むべき仕事は、そのあたりだと思うのですが。
マンガ評論の分析と体系化。間違いなく正真正銘の「学問」です。


543 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/09(木) 18:31
>メリエスの段階からモンタージュ論で映画を飛躍させた
>エイゼンシュタインは俳句からインスパイアされて考えたって

へー、実は自然科学者にして俳人(つーか、夏目さんのご祖父のまな弟子
ですな)の寺田寅彦は、その事実を知らなかったんでしょうがやはり当時
の映画を見て、モンタージュと俳句(連歌)の共通性に気付いて指摘して
いるんdねすよ。
私は中野翠さん(名エッセイストにして呉智英の同級生(笑))の文章で
知ったんですが。

http://www.aozora.gr.jp/cards/htmlban/Eigajidai.html

有益なヒントはたとえば俳諧連句の研究によっても得られる。連句における天然と人事との複雑に入り乱れたシーンからシーンへの推移の間に、われわれはそれらのシーンの底に流れるある力強い運動を感じる。たとえば「猿蓑《さるみの》」[*注8]の一巻をとって読んでみても……(続く)



544 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/09(木) 18:33
鳶の羽も刷《かいつくろ》いぬはつしぐれ
  一ふき風の木の葉しずまる
 股引の朝からぬるる川こえて
  たぬきをおどす篠張の弓

のような各場面から始まって

 うき人を枳殻籬《きこくがき》よりくぐらせん
  今や別れの刀さし出す
 せわしげに櫛で頭《かしら》をかきちらし
  おもい切ったる死にぐるい見よ

の次に去来の傑作

 青天に有明月の朝ぼらけ

が来る。ここに来ると自分はどういうものかきっと、ドストエフスキーの「イディオット」[*注9]の死刑場へ引かれる途上の光景を思い出すのである。こ

(中略)
しかし、話の筋が通らなくては物足りないという観客が多数にあるかもしれない。それならばかつて漱石虚子によって試みられた「俳体詩」のようなものを作れば作れなくはない。
 ほんとうを言えば映画では筋は少しも重要なものでない。人々が見ているものは実は筋ではなくしてシーンであり、あるいはむしろシーンからシーンへの推移の呼吸である。この事を多くの観客は自覚しないで、そうしてただつまらない話のつながりをたどることの興味に浸っているように思っているのではあるまいか。アメリカ喜劇のナンセンスが大衆に受ける一つの理由は、つまりここにあるのではないか、有名な小説や劇を仕組んだものが案外に失敗しがちな理由も一つはここにあるのではないかという気がする。
 連句には普通の言葉で言い現わせるような筋は通っていないが、音楽的にちゃんと筋道が通っており、三十六句は渾然たる楽章を成している。そういう意味での筋の通った連句的な映画を見せてくれる人はないものかと思うのである。
 パラマウント・ニュースのようなものの組み合わせは場合によっては、偶然ではあるが、前述の連句的の効果を持ちうる。近ごろ朝日グラフで、街頭のスケッチを組み合わせたページが出るが、ああいうものを巧みに取り合わせて「連句」にすることもできる。


545 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 19:04
>>540 「オレこんなの書いたのでよろしく」みたいな情報が列記されてるだけの
ホームページでもいいんだけれどなぁ

そりゃ、僕だってほしいわな。マンガ情報のサイトはできつつあるが、
マンガ論のはなさそうだなぁ。ほしいよねえ。

>>542 優馬さん。
>漫画評論用語辞典でもあれば完璧
同感。ただ、「マンガ評論」の用語そのものがまだ開発途上にあるというのが現状
では?

同感の同感。固有の用語は僕と仲間がつくった「マンガの読み方」の
間白、形喩、漫符くらいで、あとは業界現場の技術用語。
「キャラ立ち」や「ネーム」の類。ガリとかおあいそなどの隠語に近い。
あと慣習的な用語として「24年組」「ニューウェーブ」とか。
批評用語はそれなりに概念規定が必要だけど、
業界用語や慣習的用語は曖昧なので、
区別が必要ですね。
「24年組」については、

ヤマダトモコさんが使い方に注意したいとの趣旨の
論文「まんが用語<24年組>は誰を指すのか?」
(C・M-BOX 98年8月号)
で詳細に書いてます。


546 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 19:17
再び>>542 優馬さん。
「体系化」については、批評史というよりマンガについての言説史として
瓜生吉則氏がやりつつある(データ既出)。
マンガ論全体の体系化は、表現論、歴史、商品・市場流通論、
読者論まで含めると、まだ途にもついていないが、
いずれは試みられるでしょうね。
ただ、僕自身表現論の「体系化」を試みようと思ったとき、
たとえばヘーゲルみたいに完全に閉じてつくりたくなかったし、
それは駄目なんじゃないかって直感的に思った。
そうすると、今現在進んでいるマンガの変容に追いつかない。
文法って概念も、じつは日々変容する言葉に
一応の網をかけるだけで、フィードバックや
パラダイム変換が必要になる。
いい加減なとこで隙きだらけでやったほうが、
あとあと利用価値があるような気がする。
って、それしかできなかったんだけどさ。

547 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 21:13
古い話とお思いでしょうが、
>>Vol.2 16 htさんへ。
どうも気になって溯って読んでみました。
「動線を中心に「運動の線表現」というテーマに絞って{略}
(1コマで)運動する対象をいかに表現しるのか、という論文を制作中です。」
というhtさんの、質問の中心課題について、
「マンガの読み方」参照という以外、僕はまるで答えてませんね。
しかし、「読み方」では運動と動線そのものについて、
ちゃんと書いてあるわけではなかったですね。
申し訳ありませんでした。
なんか、その頃気になっていたことがあって、
ついヘンなほうに筆が走っちゃったんだと思います。
少し長めになりますし、htさんがまだおられるかどうか
わかりませんが、次の書き込みで少し書かせていただきます。

548 :湯宿 :2000/11/09(木) 21:14
「私のヰタ・セクスアリス」という本に夏目さんの初オナニー&初Hの体験談が・・・
嘘じゃないすよ、ねえ夏目さん。その・・・ビンに・・・(自主規制)
ちなみに漫画家では、赤塚不二夫、杉作J太郎、佐藤まさあき、バロン吉元、さかもと未明
も答えてた。あと唐澤俊一も。

549 :湯宿 :2000/11/09(木) 21:16
・・・て、あげちゃいかんかった?ゴメソ

550 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/09(木) 21:19
たしかにここ数年で多少市場が大きくなった漫画評論本。
(紀伊国屋に行くと毎月のように新刊でてるもんね)

どこの本でどんなテーマが取り上げられているか、どんな
人がどう論じているか−−−こういうのをインデックス化
する作業が必要だな。
だれかHPでやらないか(他力本願)

551 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 21:26
過去の答えとコメント その7−1

動線表現は、おそらく直接起源を溯れば、
19世紀のカリカチュアにもあるでしょうし、
どこかで触れたと記憶しますが、
日本の12世紀の絵巻物にすでにあります。
ただ、絵画、一枚絵の成熟とともに
動きの記号表現はプロポーションや
他の対象の描写(風にゆれる樹木とか)に
いわば喩えられていくように思います。

逆にいうと、これがナゼだったかを推測できれば、
動きの動線表現のレベルが考えられるのではないでしょうか。
レベルというのは、形喩(定義は「読み方」参照)の
他の記号表現と比較した記号の特性のようなものですが。

552 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 21:34
過去の答えとコメント その7−2

個人的見解ですが、
ここには一枚絵や文章というジャンルの確立に伴う
絵と言葉の意味性の分離という歴史的前提があったんじゃないかと。
つまり動きそのものを直接表現する記号表現は、
絵としてはあまりに言葉の意味性が強くありすぎた。
いわば画像の純化された鑑賞性を損なうから。
ここまでが、前近代史的な、動線記号の概念についてです。




553 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 21:57
過去の答えとコメント その7−3

とはいえ、以上は相当乱暴で実証性のないたんなる当て推量です。
けれど、理論的にのみいえば、動線表現が汗、光、煙など
物理的対象の画像化を抽象的な比喩にする形喩、記号表現とは異なり、
純粋に抽象的な「動き」の表象である、ということはいえるはずです。
それは、たとえていえば抽象動詞「いる」が
落ちて「いる」、話して「いる」というように、
具体的な動詞について状態をあらわす働きみたいなものかもしれません。
(参考 三浦つとむ「日本語はどういう言語か」講談社学術文庫154p〜)


554 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 22:11
過去の答えとコメント その7−4

ところで、戦前の米国アニメなんかには、
たとえば気づきの線分がアタマから発して消えていくような
「運動?の線表現」がありましたし、
足を猛烈に回して走るとプロペラのように線分の重複で表現されました。
これらはディズニーの3D的リアル化の中で消えていきますが、
じつは手塚はこれを盛んに使って戦後マンガの表現域を広げていきます。
赤本3部作の頃の手塚は、異常なほど使っている気がします。
大枠でいえば、物語の構成(並列的ではない、構築的時間の導入)
に必要な「時間」の要素を絵の中にできるだけブチこんだ、
そういう事態ではないでしょうか。
むろん、それ以前から動線は漫画に使われていて、
理論的には絵物語の文の「時間性」を絵に組み入れる工夫と考えられる、
というのが私の雑な仮説でした(「読み方」「仮説・コマの発達史」参照)。
手塚はコマをさらに複雑に構成して、重層した時間をつくろうとしたので、
いきおい動線を多用したわけです。
同じことが60年代から70年代にかけて「劇画」によって、
さらに過剰になされました。

555 :母を訪ねて529 :2000/11/09(木) 22:27
>>531
じゃあ、夏目さん出没トトカルチョでもやりますか。

今までの書き込みのようすから、その際の夏目さんの心理状況にさかのぼって
みた結果にすぎないんですが。あんがい、図星だったようですね。(ニヤリ)


556 :538です。 :2000/11/09(木) 22:52
>>539
エイゼンシュタインは俳句からインスパイアされて考えたって知ってた?

知らなかったです!!(\゜ε゜/)ビックリ
つまり、小林一茶が、乳母車や石のライオンに化けたってわけですか?
日本の文化もなかなか捨てたモンじゃあないですねえ。
字幕(セリフ)と画像(ストーリー)の関係については、「手塚どこ」で
夏目さんが指摘されていた、コマを一種の単位と見なすことで生まれる遊び
(コマとコマの間を柱に見立てたり、変形させたりする)と同じ経過があった
のではないかと思ったんです。
コマの間に生じるすき間をコマと同格の存在として扱うことで、コマが単なる
枠という役目を越えて、生き物のように変化を起こしたように、初めは映画の
セリフとストーリーは、音声再生の手だてがない、という物理的な理由で分離
させられていたはずだったのが、それが方法として定着したことで、セリフと
ストーリーを個別の物として認識することにつながったのではないか。
字幕の背後が映像と違うことを観客に知らせるために、字幕の背後はたいてい
黒い画面になっています。これを紙の上で表現するには、絵とセリフを一つの
画面上で、それぞれ個別のものとして、分離して描かなくてはならない。
つまり、字幕用の黒い背景と、フキダシは、画像や絵と違う次元のものを伝え
るための手段なのではないか、と。

たびたび長くてごめんなさい。
前のコメントで覚えたての映画論が嬉しくて長々書いてしまいましたが、やは
り夏目さんはちゃんと映画の歴史も追っかけてらしたんですね。
エイゼンシュタインの情報、おもしろかったです。ありがとうございました。

557 :古谷一行が出てきそうな雰囲気が・・・ :2000/11/09(木) 22:56
>548
いや〜ん、せきらら〜☆
んな正直に答えなくてもいいのに〜
でもそこが夏目さんのよいところ〜

558 :夏目房之介 :2000/11/09(木) 23:43
アハハハ。
みんな僕の出没状況なんか把握しないでよ。
ますます、2chに来づらくなるじゃないか。

さて、手塚氏のコマ割についてだけど、
日本独特の「マンガ」という文化を生成させたのは、
手塚氏のコマ割、すなわち一つ一つの独立の空間を結合させた、
一つの集合体としての世界を生み出したことが大きな起因となっているんだね。
コマの一つ一つがある宇宙であると捕らえるのも、また見方もひろがるね。

559 :ああっ名無しさまっ :2000/11/10(金) 00:14
>>546 ただ、僕自身表現論の「体系化」を試みようと思ったとき、
   たとえばヘーゲルみたいに完全に閉じてつくりたくなかったし、
   それは駄目なんじゃないかって直感的に思った。

うん。そこが、夏目流漫画学のみそなんですよねえ。
夏目さんの評論のよさっていうのは、評論家夏目房之介の冷静な理性と、
漫画好き夏目房之介の感性が同居しているとこだと思うんです。
だから、もし夏目さんの後に、夏目さんの使った言葉を分析用語として使う人
がいたとしても、その言葉は彼ないし彼女の理解の上で使用されてしまうので、
もともとの漫画好きの感性が読みとったものからははずれてしまうおそれが出
てくる。また、夏目さんの言語を辞書みたいに収集し、解説してしまうと、
独特の直感によって読みとられた、感覚に訴える微妙なニュアンスが消えて
しまう可能性がある。標本箱に入れられたちょうちょみたいに。

感性と理性の同居については、音楽の世界にもピアニストでありながら、同時
にピアノ音楽の批評を行っていた人物が実在する(名前が出てこないんですが)
ので、夏目さんのやり方はそう変わったもんでもないし、対象にアプローチ
する回線が多いだけ、ただ批評活動を目的にしている人よりも、より広いもの
が書ける可能性がありますね。って、著作を見れば一目瞭然なんですが(笑)。


560 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 00:18
過去の答えとコメント その7−5

ただ、劇画の場合必ずしも物語高度化の要求だけで動線を多用したのではない。
むしろ意匠的、装飾的な側面も強くあって、これは時代的なもの、
付加価値的な要求だったような気がします。
のちに70年代以降の少女マンガなどが、この傾向を加速したように見えます。

というわけで、運動の記号表現については、
歴史的な問題、理論的な問題、マンガの実際の用法、
ざっとこんな観点がありうるのではないか、というところです。
長長と申し訳ない。
他の方、すいません。

561 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 00:32
>>556 名前:538です。
音声再生の手だてがない、という物理的な理由で分離
させられていたはずだったのが、それが方法として定着したことで、セリフと
ストーリーを個別の物として認識することにつながったのではないか。

この映画字幕→吹き出し成立論は、実証的には反証が多くて難しいかもしれません。
が、今世紀の大衆社会の映像・画像の受容感覚の変容というレベルで考えれば、
似たような相互影響はありうるんじゃないでしょうか。


562 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 01:05
あげあ

563 :質問解禁ということで :2000/11/10(金) 01:08
ではでは。
夏目さんの誕生日っていつなんですか?
知人友人親戚関係に「夏目デー」として広めますので、
ちょこっと書いていただけるとうれしいかも。

564 :フィル :2000/11/10(金) 01:26
質問解禁になったようなので、夏目さんに質問です。
夏目さんはマンガ夜話「ベルセルク」の回の次の日に、「ベルセルク」という
作品は、馳星周さんの仰っていた『救いのない世界観』というものが、キーに
なる作品だった、反省している、というようなことを仰っていたのですが、
もし、その後に言葉を付け加えることが出来たとしたら、どのようなことが
仰りたかったのでしょうか。

あと、夏目さんは古谷実さんの「稲中卓球部」の回には、
出演なさっていなかったのですが、「稲中」とはいわず古谷実作品に対して
どのような印象を持っておられますか。個人的に古谷実作品に対しては、
夏目さんにとっての山上たつひこほどではないとしても、
非常に強い世代的な(といっていいと思えます)共感を覚えているので、
ぜひ、聞いてみたいです。

「ベルセルク」は私の趣味からいくと、ぱっと見はあまり面白くなさそうな作品
なのですが、読んでみたらコスモの燃え盛る非常に熱い良い作品でした。
マンガ夜話を見るたびに好きな作品が増えていくので、マンガ夜話はこれからも
ヴァラエティーにとんだラインナップを期待したいです。

565 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 01:31
そういえば「手塚治虫は…」で夏目さんが指摘してたのに、手塚以前は

【1】
  (・_・ )     ●三  \(・∀・ )エーイ

【2】
 ギャッ!(*ロ* )☆●三         (^∀^ )キヒヒ

----------------------------------------
というよーに、コマの展開がかならず「時間の移動」だったのが、手塚以後

【1】
     \(・ロ・;)<ああっ、『殺し屋ジョー』だ! (・。・;)<エッ?

(【1】と【2】の時間は同じ、視点が切り替わっただけで)

【2】
  バーン(▼_▼メ)y-~~~

-------------------------------------------
となるという、この指摘が一番知的に興奮した。

566 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 01:33
さて、運動記号について長〜〜〜〜い書き込みをしましたが、
thさんに申し訳なかったという動機だけでなく、
自分の領分に近いものは、ある程度きちんと誤解なく書こうとすれば、
どうしてもこのくらい書いてしまう。
でも、それは僕が「有名人」で「実名」だから、
イレギュラーでもたまたま(一応表面は)許されてるってこってす。
他の人がやったら撃たれるだろうしね。
(むろん、僕は文章でお金もらってる芸くらいはある、ってのもあるけど)
実際は、ここでのやり取りの中で、
同様のことは沢山あったはずです。
でも、いくらナンデモ毎度それは無理なわけで、
そこがこの場所の議論の場としての限界なのだろうと思います。
ま、それも含めて試行錯誤、色々文体をこなしたり、
面白かったんですけどもね。
ありがたい、ありがたい、南無。

で、僕の誕生日なんか、どうすんだ?
ま、別に発表してないことじゃないからいいけどさ。
昭和25年、朝鮮戦争勃発の年の8月18日、獅子座のA型。

567 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 01:44
>>564 フィルさん。
すいません「ベルセルク」については、
今は何を考えてそういったかまではおぼえてないな。
ただ、あの回で僕は多分「ベルセルク」のかなり重要な部分を
取り逃がしてるって感じがしてたんですね。
そこへのキィワードだったなって思ったんだと思います。
「稲中」は、たしかに「世代的共感」をもちやすい作品です。
僕も面白かったけど、ああ、結構難しいとこだなぁ、
これからうまく切り抜けてくれればなぁ、と思ったようにおぼえてます。
僕の中では「マカロニ」などと共通する「青春物」の要素、
それも作者が作品とシンクロして同時進行してしまうようなそれが、
面白さで、アブなっかしくて、気を許すと困りもんの暗さが出てくる。
そんな感じを受けました。
最近は読んでないけど、大月さんは「面白い」っていってたな。


568 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 01:44
寺田寅彦は「映画のモンタージュを、実際に俳句(連句)にできるか」
という実験として、パールバックの『大地』を連句化してたよね。

569 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 01:48
>>565 さん。
あははははは。
いい息抜きだなぁ。
ありがとう。

570 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 02:05
フル〜い質問の答え。
Vol.2 40 桜庭和志について。
あれは面白い。強いんだけど、
今までのコスモ燃やすタイプじゃなくて、
まるで普段同様に出てきて、
柔軟な頭で勝っちゃう。
ふつう、初手のにらみ合い見てて、大体睨み負けしてるほうが負けるんだけど、
彼だけはあさって見てて、勝つ。
あのヘンさは、注目に値する。

マンガに関係ない話題にふったとこで、
本日は寝る。
では、おやすみ。

571 :どわ :2000/11/10(金) 02:06
夏目さんへ質問です。
今後の執筆予定を教えてください。
その内書きたいなってのも、聞きたいです。

572 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 02:24
>>478
多チャンネル化でそういう可能性もあるけど 、NHKは今、昔の番組を
大幅に閲覧可能にするセンターを構想中らしいっすよ。
(さいたま新都心だったか?)もっとも数年後の話ですが。

573 :フィル :2000/11/10(金) 02:27
夏目さん、ありがとうございました。
「稲中」のことを書いたのは、あの回のマンガ夜話は、いしかわさんでさえ「稲中」を
もてあましているようで、作品の確信にまったく迫れず、見ていてとてもストレスを
感じてしまったためです。
やはり、あの作品はマンガ表現としては、革新的なところはないし、
洗練されたものでもないので、感性が共有できなければ評価は難しいのかもしれませんね。
ただ、古谷実さんは「僕と一緒」、「グリーンヒル」と作品を重ねるごとに、
マンガ表現も手馴れてきて、「稲中」ではかいま見ることしかできなかった作者の
胸の内にうずまくものを、ずいぶんと洗練された形で提出することができるようになりました。

表現方法や線に対する表現に対する感性だけでなく、物語やギャグに対する感性も
世代によってギャップがあるのでしょうね。個人的に世代で人間を分けるのは
嫌いなのですけれども。どうしようもないものもあるのかもしれません。

574 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 03:00
寝そびれた。
>>571 どわさん。
今後の執筆予定

昨日書いたのがマガジンハウスの「東海林さだお不条理傑作選?」解説。
今日書いたのが二玄社PR誌「かく!」の「書の宇宙」叢書完結後エッセイ。
あ、「書の宇宙」最終巻「副島種臣」のもあったな。
あとBK1に1万円で新書文庫買ってエッセイ書くのと、あれこれあって、
立命館大国際言語文化研究所紀要「言語文化研究」2000年4月発売の
「特集・まんが研究」に長い論文を書くのが今月締め切り。
来年夏あたりに週刊朝日百科・世界の文学「マンガと文学」にも書く。監修も僕。
タイトル未定のマンガと世界のことを体験的に書く書き下ろしもやんなくちゃ。
講談社の「本」に単行本「これから」のことも書くんだった。
毎日新聞「シリーズ20世紀の記録」の89年の入る号で、
手塚さんのことを真崎守さんと対談してる。
あと12月の芸新別冊のエッセイと取材に、
NHKの「ガラスの地球を救え」ってラジオ番組の取り・・・・・

ああああああ、何だかわかんなくなっちゃった。

駄目だ、寝よう。


575 :母を訪ねて名無しさん千里 :2000/11/10(金) 04:51
お休みフサフサ♪

576 :534 :2000/11/10(金) 05:01
ハーイ、先生おやすみなさいです。レスありがとうございまーす。
お仕事色々。立命の言語文化って、面白そうな紀要出すんだー興味深いー。
ところで、近々バンコック、インド等に行くんですが、お薦め漫画ってありますか?
(かなりオバカな質問だと自分でも思いつつ、恥をしのんでカキコする)
どちらも漫画事情知らないので、漫画の存在すら「?」です。多分、インドは多言語だから、
どうしても漫画より、唄ダンスと表現豊かな映画が大衆に浸透してるんだろうなーてなこと
位しか、思いも付きません。インドって神様の絵は画一的だけど、あれをパロディにして
漫画にしてるヒトは、、、多分いないですよね。
(すみません、とりとめなくて、まだ、頭ぁ寝てますー)


577 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 05:20
唐沢俊一がそのへんのマンガを紹介いてますが、まだ非常にレベルが低く、
そのぶん「味」というかヘンな面白さがあるとか。唐沢氏はそういう原初的な
魅力が必要だということで高く評価してるが、たしか夏目氏は「それは都会の
便利さを満喫してる文明人が、未開人を見て『本物の生活がここにある』と
感激するようなものでは」と疑問を呈した、という記憶が。

それからタイは、ドラえもん人気が完全に定着しているので、お好きなら
タイ語版のいろいろなドラ商品があるはず。

578 :ああっ名無しさまっ :2000/11/10(金) 10:24
こ〜ゆ〜事を夏目センセに聞くのもアレなんですが・・・、

「し〜う〜のあらまんちゅ」の元ネタってなんなんでしょ?

手塚氏の造語なんでしょうか???
2ch手塚スレでずっと話題にのぼりつつイマイチ真実が見えてきません。
う〜ん、気になる・・・。



579 :ああっ名無しさまっ :2000/11/10(金) 10:49
おもいつきふたたび。
漫画評論本のインデックス化、ネットの本屋に要望だしてみようかな?
情報を扱ってるっていうネットの特性が活かせるんじゃなかろうか。
と思ったのも実際の本屋だとこの手の本、探しにくい時がある。
(夏目さんの本も含めて。ごめんね)
本屋によってどの棚に分類してるかが定まってないからだと思うけど、
売り場の広さの限界もあって専用のコーナーも設けにくいだろうしなぁ。

580 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 10:52
>>576 534さん。
577さんのいう通り唐沢俊一「アジアン・コミック・パラダイス」
(KKベスト97年)でタイ中心に東アジアのマンガが紹介されたますが、
キッチュ好みで集めたか、ネタが古いか、だと思われる節があり、
僕が最近見たのではタイのマンガは、意外なことにおしゃれ系。
絵は格段にうまくなってるみたいです。
それを見た限りでは少女マンガ的手法を使ってました。
特徴は足の指が長いこと。サンダルで土踏んでる足ですね、あれ。
手元にDOJO CITY という会社の少年向けマンガ雑誌がありますが、
恐らく翻訳物中心ながら(クレジットが意味不明)
結構レベルは高く、可愛い女の子モデルを使った
おしゃれ情報満載の雑誌(暑さ1センチ)です。
アジアの状況は3年もたつとガラリと変わってしまうので、
タイはなかなか面白いかもしれません。

581 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 11:43
>>579漫画評論本のインデックス化、ネットの本屋に要望だしてみようかな?

それはいいアイデアかもしれない。
でも、僕の知り合いもやってるけど、
彼らは彼らで膨大な情報処理に手一杯だからなぁ。
それと雑誌、紀要、サイトにのる論文などまで入れると、
これは研究者のネットワークで知るしかない。
学会は興味ないけど、そういう情報センターのサイトは
あると便利だなぁ。


582 :579 :2000/11/10(金) 19:33
要望出すぐらいは簡単なので出してみました、5社ぐらい。
間違ってだまされてくれんかなぁ(笑)
ISIZE、bk-1、くろねこなんか。どこがでかいのか分からない
あそこが抜けてるじゃないか、なんてあったら指摘してくれないでしょうか?<all

583 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/10(金) 22:41
すまんが、下がり過ぎなので一旦上げるぞ

昔は「少女マンガの文法はやはり特殊過ぎて、外国の人が理解しにくい
ところがある。というか、”少年マンガ・少女マンガ”という区分が
日本だけ」といわれてましたが、やはり浸透してきましたか。

まあ、日本でもいかにも少女マンガ!(呉智英いうところの「ド少女漫画」)
というのは減ってきましたが。

584 :夏目房之介 :2000/11/10(金) 23:56
>>583さん 昔は「少女マンガの文法はやはり特殊過ぎて、外国の人が理解しにくい
僕も昔そう思っていました。実際、昔の欧米コミックに、
ああした効果やコマ構成はなかったように思います。
個人的感想ではここ5年以内に欧米でも似たコマ構成を見る気がします。
ただ、それが本当に少女マンガの影響なのかどうかは不明です。
また、国内でも少女マンガ手法は80年代に普遍化してますから、
直接の影響が商業的に出るのは、韓国と台湾ぐらいかもしれません。
この2国ではむしろ少女マンガのほうが市場としても強いようです。
ただ少女マンガ系には特殊な影響力があって、
オタクレベルのマニア層でやおい的な波及をする、
いわばコアな影響は欧米、東アジアともに見られます。



585 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/11(土) 00:36
私は、とんがった(?)連中が、情報のないところで
もがいたり試行錯誤しながら文化ジャンルをつくってく、って話がなんか
すきなんですよね。SF黎明期の星新一や野田昌弘の回想録とか、
「モスクワ愚連隊」的東欧のロックバンドの話とか、辞書と首っ引きで
RPG「ウィザードリー」をやりこんだ初期ゲーマーとか、岡田斗司夫の
ゼネプロ話とか……タイや台湾のやおい少女も、ひょっとしたらそういう
黎明期の開拓者として悪戦苦闘しているのかも。

586 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 01:46
>>585さん。
いいね、いいね、そういうのね。
60年代末の劇画もそうだったし、
今、多分うざったく思う人もいるだろう
マンガ批評ってぇと出てくる団塊や僕らの世代の人も、
初期SFみたいな時期あったような気がする。
だから主張が違っても、けっこう仲いいんだよね。
今、外国でマンガ好きな人と会ってて楽しいのは、
そういう雰囲気もってるせいもあるのかもなぁ。

587 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 03:32
まぁ、そうは言いつつもなかなか劇画チックナマンガもいいらしいね。
ただし、あくまでマンガ批評は批評でしかない。
それが正しいとは思っては居ないし、そこから何か生み出すとも思わないな。

588 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 04:09
ところで、マンガ夜話のことだけど、今年一杯で私は降板することに決定しました。
別にお役御免とかそういうのではなく、私のやりたいことを追求するために自ら願いでたのです。
というわけで、皆さんありがとう。

589 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 04:50
なんか夏目さんって本人なのか疑問に思ってきた・・・

590 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/11(土) 04:53
>588
ええウソでしょ?だって次回のうち合わせもしたって言ってたのに。
588がニセ夏目さんであることを願う。

591 :花と名無しさん :2000/11/11(土) 04:54
夏目さんが出なくなると寂しい。
ごくろうさま。

592 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 05:00
>589
そういうことは問わないお約束よ。
夏目さんはいちいちどれが本物でどれが騙りかなんて自分で指摘しないと思うし。

593 :576 :2000/11/11(土) 06:35
先生、577さん、ほんとうにレスありがとうございます。
向こうの本屋さんに駆け込んで、ドラっちの漫画やら、
タイ版ジャンプとかりぼんとか 探すのって、メチャ楽しそうです。


594 : :2000/11/11(土) 10:03
588、、、信じれない。なんで?やりたいことって何?
大学教授の優雅な生活目指すのか?
女子大生に囲まれた生活も悪くないが。

595 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 10:17
少女漫画の文法って何? そんなに特殊? って思っていたら、なあんだ、
一条ゆかりから入ったから最初から違和感なく読めたのね。なんか、考えすぎて
損した気分。

596 :谷岡ヤスジ :2000/11/11(土) 11:09
>594 週刊朝日で「学問」復活させるんだったりしチ

597 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 11:16
またそうやって騒いでると本人が
「面白いから黙ってみてよう」
ってなっちゃうよ、ははは。

598 :>▽< :2000/11/11(土) 11:43
夏目さんは、「批評もまた独立した一つの創作である」(パラフレーズ)という立場を取っていますが、
「漫画を書くための教科書物」を書いてみようと思ったことはありませんか。
いや実際、夏目さんの著作をそういう風に活用している人もいると思うんですけど、
「読む楽しみ」から「書くコツ」への変化って、結構大変じゃないだろうか。
まあ、自分でその溝を埋められるくらいじゃないと、創作者として大成できそうにないですが。

599 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 12:01
>>598
お前いっぺん眼科逝ってこい
文章理解度も落ちてるから精神科にもな
夏目に漫画の教科書が作れるんなら安西にだって
いや326やキユにだって可能だ

600 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/11(土) 12:18
>>586
唐沢俊一も志水一夫との対談「トンデモ創世記」で「いろいろ批判はあるかも
しれないが(90年代オタク文化は)僕たちが歩いた、その後に道ができた」と
自負していましたね。
夏目さんも、はじめおもしろエッセイに忍びこませるようにしてきた
漫画文法論や時代性の考察を、段々ねりあげて独立した内容にしていった
経緯を目にしていますからわかります。

しかし、ほんとに夏目さんが降板したら、ただの数じゃなくてキャラクター
のバランス(笑)が崩れるなあ。誰を代わりに入れろってのよ。



601 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 12:44
>>587
>>586
ただのアルビジョワだろ

602 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 12:49
588って偽物だと思ってますが。

いかに夏目さんがここに愛着とか親しみとか感じてたとしても
こういうことをこっそり明かすっていうのは
これまで、このスレの他の参加者との距離をうまい具合にコントロール
してきた2ちゃねらー夏目氏のキャラクターとは合わない行動に思えます。

まあ、真偽はどっちでもいいんですけどね。

603 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 12:53
間違い。アルビジョワは>>588だった

604 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 13:03
>>602
ていうか、こんなインサイダー情報を勝手に公開するのは
情報発信元である放送局に対する守秘義務違反だよ。
夏目さんがNHKに愛想尽かしてもう手を切りたいんなら
別だけど…

605 :>601 :2000/11/11(土) 15:46
ワシも>>587はダウト!だってマンガ批評が「何も生み出さない」なんでフサフサが
言うはずないじゃん。
>>586の書き込み(本物)にうまくシンクロさせたガセと見た。ふむ、タイミング
といい、文体といい、なかなか研究しておるではないか。
しかし>>588で馬脚が丸見え。だって「今年いっぱいで降板」と言ったら次回はもう出ない
ってことじゃん。それは、ない。
>>521
>そういう話は次回の打ち合わせでそろそろ出るんだけど、
とご本人が言っている。
それに604が言うように、この業界で長く食ってきたフサフサが、放送局を無意味に
怒らせるようなことするはずがない。
しかし、なかなか文体模写うまいぞ。でもイタズラはやめれ。
どうせならフサフサより面白いこと言って、大先生に「参った」と言わせてみれ。
そしたら尊敬したるぞ。

606 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 15:51
制止しても本物・偽者は盛り上がっちゃうねえ。
夏目氏が2ちゃんと完全に決別するかは知らないが、去るときには
こういうのが起きないよう何らかの形で釘をさしといて欲しいなあ。

騒いでる我々がダメダメなだけなんだけど、ね。

607 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 17:37
いやぁ、この件については最後の最後に書くのを楽しみにしてたのになぁ。
ついに現れたね〜。今まで僕本人以外の偽者って、
たしかこの場所では2〜3件しかなくって、
歴然と僕が書きそうにない罵倒が入ってたんだけど、
なんで文体模写がでないのかなぁと思ってたんだよね。
でも、やっぱりここの方々は凄いわ。
感心します。
とくに、
>>605>601さん。
お見事です。分析も推理も、ほぼ間違いない。

>>この業界で長く食ってきたフサフサが、放送局を無意味に
怒らせるようなことするはずがない

このへんの読みが泣かせる。
ただ、586は僕自身なんだよなぁ。
惜しかった。
つまり偽ふさふさも、なかなかうまいタイミングだったってことですね。
これがなければホームズ君だったんだけどな。
でも、信頼度は百%ですよ、ワトスン君。

というわけで僕は夜話今止められるほど儲かっていないので、
やめることは当分ありません。

という僕自身の証明はっていうと、これが難しい。
来週火曜日、11月14日東京新聞「これから」は
「ドイツ料理と異文化」の話。
一部の人しか確認できんなぁ。



608 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 17:39
たいていのひとは「ほかっとけ」って思ってるのだろうけども。
589や594みたいに純真なあわてんぼちゃんがいるとね、
ついついなんか言いたくなってしまうのでしょう。

ちなみに私は602。我ながら言わずもがなのこと書いてると思います。

609 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 17:44
あらら、書いてたらなんとご本人…。
変な発言はさんじゃってすいません
(と、またイランこと言ってみる)

610 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 17:54
>>598>▽<さん。
>「漫画を書くための教科書物」を書いてみようと思ったことはありませんか。

そういう話はありました。
僕なりのものができるかな、とは思いましたが、
実践的にいうといしかわさんとか山本貴士さんなんかのほうが、と思います。
でも、基本的にはあまり積極的にやりたいとは思いません。なぜかっつうと、
おっしゃる通り大変だから。でも、

>「読む楽しみ」から「書くコツ」への変化

が大変なんじゃなくて、僕の分析は基本的にしくみを理解するためのもので、
技法論、実践理論じゃないからです。これを組み替えるのは、けっこう大変です。
でも、ハリウッドの基礎理論みたいなものをやってくれって大金積まれたら、
喜んでやりますけどね。

>その溝を埋められるくらいじゃないと、創作者として大成できそうにない

これは違うと思うな。狭義の「創作者」がいい教師、理論家であることは非常に少ないです。
むしろ、人に教えるのがうまいのは、相撲やスポーツでそうなように、
天才的な資質に恵まれなかった、どっちかってえと「大成」しなかった人、
っていうのが僕の意見です。
僕は昔から「落ちこぼれ」だったので、秀才が見逃すようなとこはわかる、
少なくともそういう視点をもってるのが強みだと思ってます。



611 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 17:59
>>608 609 の602さん。
あなたの書き込みも見事でした。
全然「いわずもがな」じゃありませんよ、感謝します。
夜話降板なんて噂がネットにとびかったら、
迷惑する人は出るでしょうからね。

612 :あわてんぼ594さん :2000/11/11(土) 22:12
好きだわーこのスレ。ちゃんとご本人のフォロー入るし
常連さんは落ち着いてるし。あわててごめんにょ

613 :ガセで良かったね降板宣言 :2000/11/11(土) 22:20
実は、ショックでレスできずにいたのが半分と。
夏目さんがやめたら、いしかわさんと岡田さんのどつき漫才に
なっちゃうじゃないか!!と、つっこみそこねたのが残念なのが半分。


614 :割り込み失礼 :2000/11/11(土) 22:40
文学板の文体模写スレッドです。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=book&key=963421916
漱石にスッゴク笑ったので紹介しておきます。


615 :割り込み失礼 :2000/11/11(土) 22:43
文学板の文体模写スレッドです。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=book&key=963421916
漱石にスッゴク笑ったので紹介しておきます。


616 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 22:49
>>710
個人的に、教師は大学行って人より多く学問をしたから、すばらしい教師に
なれるはずだって理念のもとにある今の状況は嫌いなんで、

>狭義の「創作者」がいい教師、理論家であることは非常に少ないです。

ってところには諸手をあげて賛成です。
批評家への殺し文句は「そこまで言うならお前がやってみろ」だそうですが、
言って見れば、批評家はその視点や理論の鋭さで評価されるべきで、そうじゃ
なかったら勝負になりっこないんですよね。
だいたい、描くことに優れている人は、自分の方法を言語化して、他人に
分かるように説明するのが不得手な人が多い。
どうしてかって言うと、彼らは描くことにエネルギーを燃やすことに一生懸命
で、それを客観的に整理するのには、時間も手間もぜんぜん足りない。
これは、漫画家というよりは、音楽家を見ていて気が付いたことなんですが、
実作者の持っている性質、という点では、共通することも多いかと思います。

描くのが好きなやつは描けばいいし、読むのが好きなやつも、分析するのが
好きなやつも、みな平等に好きなことをやればいいんじゃないかと、思うん
ですが。

617 :夏目房之介 :2000/11/11(土) 23:16
>>616 名前:ああっ名無しさまっ さん。

>>描くのが好きなやつは描けばいいし、読むのが好きなやつも、分析するのが
好きなやつも、みな平等に好きなことをやればいい

おっしゃる通りですね。ただ、かつてそのへんが混乱したのは文芸批評でも
そうだったようです。批評や理論のほうも、そのへん「こうすればいいだろ」
とか「こうすべきなのに」という言い方をしがちなんですね。
分野としては市場論、社会学などには、そういう役割もあるんでしょうが。

>>彼らは描くことにエネルギーを燃やすことに一生懸命
で、それを客観的に整理するのには、時間も手間もぜんぜん足りない。

これは多分そういう物理時間的な問題じゃなくて、資質的な脳の使い方の
問題じゃないかと思います。言語脳の勝ってる人、
しくみや働き(構造と機能)を実践として動かす脳の働きと、
それを俯瞰的に理解する働きがかなり違うんです。
当たってる比喩かどうかはともかく、右脳左脳論のいうところに
近い違いじゃないかと思います。


618 :ああっ名無しさまっ :2000/11/11(土) 23:19
>>610 僕の分析は基本的にしくみを理解するためのもので

んにゃ(川原泉風)。これだけで、教科書一冊できますよ。
文学の世界における、「注釈本」をお忘れではないですか。本文とは別の
スペースがあって、用語の解説とか、現代語訳とかが書いてあるという。
すでに「手塚治虫はどこにいる」などで、夏目さんは途中に模写やコミックス
の絵を挟む、ということをしてらっしゃいますが、主と従を、逆にするんです。
あくまで主役を漫画にして、夏目さんの視点を従卒にする。
そうすると、読者としては、実際と理論が両方、同時に目にできるわけで、
こういう本がもしできたなら、なんらかのテキストとしては、じゅうぶん耐え
うると思います。
教科書なんて、たたき台なんだから、どんなもんだっていいんですよ。

上に書いた形式のテキストの例としては、立原道造っていう詩人の、詩集と
用語解説の本が、「立原道造詩集」という題で、明治書院から出てます。
これは、もともと、研究書の一つなんですけど、解説がいいんです。
立原の詩は、抽象的な言葉の羅列と独特の様式美で、わかりにくいんですが、
作者の創作時の心理状態や、用語の意味を精密に追っかけた解説のおかげで、
詩をより読み込むことができるようになってます。

畑違いもはなはだしいんですが、個人的には読み物としても面白かったので、
一応、オススメしておきますです。

619 :どわ :2000/11/12(日) 00:33
偽夏目さんのカキコには、すっかりだまされた。でもよく見てる人は見てるんだなぁ。

>>618
夏目の目を本にした感じになるんだろうか?
だったら面白そうですね。マンガ家さんの許可を取るのが難しそうですが。

620 :魁!名無しさん :2000/11/12(日) 03:07
>>619のどわさん

>マンガ家さんの許可を取るのが難しそうですが。
引用には、著作者の許可はいりません。
出所さえ(著者名、タイトル、出版社名、等々)正確に表記すれば、無許可で使ってイイ。
っていうか、引用はそもそも無許可でやるものだし。

ただ、書評とか批評でも、「単行本の表紙」は無許可で使っちゃダメなんだって。
最近知って驚いた。まぁ、どこでもやってるから黙認、ってのが当たり前になってるけどね。
ダヴィンチとか大変だよな、禁止されたら(笑)
なんでも、批評する作品と、その単行本の表紙には因果関係が無いからだって。
たしかに、表紙ひっぺがしても本は読めるけどねぇ。
著作権は難しい。うん。

621 :605です :2000/11/12(日) 03:49
ふさセンセ〜、わし、ちゃんと「586(本物)」って書いてますってば。
でも、見事に片づけてくださり、ありがとうございます。
いらんこと言ったかな、と思いつつ「風評被害」が出たら、マジ、イヤだったので・・。
それに今回のニセモノ君、結構頭ぁ使ってくれてるんで、あまりみっともないことに
はならないんじゃないかと思いまして。

>11月14日東京新聞「これから」は 「ドイツ料理と異文化」の話。

おっ「秘密の暴露」でヤスな。これで供述調書に証拠能力あり!と認定。

622 :優馬 :2000/11/12(日) 03:53
実作・創作指導・批評
ひとつの創作活動について、これら三つが全部成り立ちますよね。
野球を例にすれば、
[実作]実際のプレイ
[創作指導]コーチング、実技指導書
[批評]野球評論
ということになる。
打者として天才のイチローがコーチをして上手かと言えば、大いに「?」
ですし、評論を書いて面白いものができるとはとても思えない。もっとも、
我がプロ野球界には「選手として一流でないと指導者として認められない」という
伝統がまだあって、斯界の前近代的香りの源泉となっておるようですが(笑)。
米国では「プレイヤー」と「コーチングスタッフ」ははっきり別の才能と理解
されています。ゴルフのツアープロを教えるレッスンプロがいて、グレッグ・
ノーマン級のプロ達が自分のスイングをチェックしてもらったりしています。
コーチングのための実技指導書は、もちろん理論的に書かれていますが、具体
的なプレイについて論評をすることは普通、ない。
評論というのは、「江夏豊の18球(だったっけ?何球だったか正確に覚えて
ない・・)」みたいに、ただ普通に見ていては気づくことのない構造(<この
場合は投手−打者−ベンチの心理の綾)を明らかにし、知的な興奮を喚起して
「より野球を面白くする」ものだと思います。
 そういう意味で、夏目さんのマンガ評論は「よりマンガを面白く読む」という
点で優れているので好きです。「評論」という分野の創作物としてナイス!
しかし評論を読んでもマンガは上手にならない。「江夏豊の18球」を見て興奮
した私が、さっぱり野球は上手にならないように。「評論」って「見巧者」を育
てるものですよね。そういう意味で、あくまで「読者」というカテゴリの中の創
作活動ということになるんじゃないでしょうか。

623 :ああっ名無しさまっ :2000/11/12(日) 04:48
覚えてる中からいうと(つってもうろ覚えだが)、夜話の『タッチ』の『夏目の目』で、
「それまでのコマ運びでだんだん狭くしていってバッと告白するコマを大きく描くことで
 ある種のダイナミズムが得られるので達也が南に告白するシーンで感動する」
みたいなことを言っていて(相当いい加減な記憶だけどね)、
これは構造でありそれと同時に技法でもあると思うのですが。
『江夏の21球』も「構造を指摘する評論」かもしれませんが、野球の教科書には
なり得ない。それには「どうすればホームランが打てるか」は書いてないから。
でも『夏目房之助の漫画学』は>>618さんが言うように教科書になりうるのでは?
「こういう構造こそが読者のこういった感情を引き出す」ってことで。

いや、漫画描いたことないからわからんけどね・・・
でも夜話でよく言う「構成力がある」ってのはそういうことでないの?
ところでver.1と3dat行き?どっちも保存してないんだけど・・・

624 :黒雀 :2000/11/12(日) 11:22
絵を描くのが好きな人が始めて漫画を描こうとすると。
無意識的に今まで読んできた漫画の手法を使うんですよね。

夏目の目にあるようなフサフサの漫画分析は
その無意識の部分を意識化して言葉に起こすととだから。
その意味で充分漫画の入門テキストになり得るんじゃないかな。

多くの漫画描きがキャラの模写から初めて
徐々に自分の絵柄を確立するようにね。

だから、アメコミ作家がフサフサの著作を読む事で
日本風漫画を描いたりとか出来るかもかも(^^;



625 :ver.3のdat行き :2000/11/12(日) 17:25
確認済みです。ブックマークから行ってみたら、そうなってました。
datの状態って初めてみたけど、すごいわかりにくい・・・。

626 :ああっ名無しさまっ :2000/11/13(月) 01:33
>>625
http://members.tripod.co.jp/tatsu01/
↑ここにあるソフトでdat状態のログをHTMLに戻せるよ。

627 :さまよえるオランダ人 :2000/11/13(月) 14:31
>>626
逝ってみたのですが、ネット関係の知識にうといので
なにをどうすればよいのか全くわからず。
ちょっと初心者板でも逝ってまいりやす。
情報、ありがとう。

628 :夏目房之介 :2000/11/13(月) 15:34
621 名前:605です さんへ。
え〜と、ちょっと紛らわしかったですかね?
605さんは、

>> >>586の書き込み(本物)にうまくシンクロさせたガセと見た。

って書いてあったから。
勘違いならごめんよ。
ま、いずれにせよ、586は僕(つまり本人)。
587 588 は、どっか違うとこのふさふさ君です。
なんか、この場所じゃなくて、
僕の過去の書き込みをコピーして、
最後に何行かフェイクするっていう
芸コマの戦術まで使うのがいて、
そこでも見破られてたけど(これも凄い)
人のいい人は本気にするもんなぁ。
ま、そういう点でも、
そろそろ潮時ではありますね。

629 :ふさふさのフェイクについて :2000/11/13(月) 21:56
初期型1:2ちゃんねらーに対する、どぎつい言葉での嘲笑、悪罵。
     どう見てもパチモン。わかりやすい。
     また、ふさふさを名乗ることに、恥じらいもほの見える。いやん。

初期型2:本人の書き込みプラス、フェイクの書き込み。
     ふとだまされそうであるが、スレッドをずっと見ている2ちゃん     
     ねらーにとっては、えい、このくせ者め、出あえ出あえ!であった。
     対策は、過去ログの熟読と、本物とニセモンの継ぎ目を探すこと。
     「夏目房之介」の名乗り方も、堂々としてくる。

発展型:最近のタイプ。本人のレスの直後に挿入する形。
    このフェイクの成功は、タイミングの妙にある。ドイツ帰国後の混乱
    から、ごく安定した状態になった時点での書き込みであったこと、
    夜話の降板が宣言されていたことで、混乱を招いた。
    惜しむらくは、指摘があった通り、内容自体を見てみると、ことに
    慎重なふさふさらしからぬ、切って捨てるような言い方である。
    また、ふさふさ独特の、ウィットやユーモアにも欠けている。

いろいろ言ってはみたが、これからも、フェイクのみなさんも鑑定士(?)
のみなさんも、それぞれの道に精進されたし。    

630 :ああっ名無しさまっ :2000/11/13(月) 22:44
え、そんなにフェイクってあったのか?
嘲笑系のパチモンとここ最近のアレぐらいしかわからんかった。
あんまり穿って見るのもどうかと思って大体本物と考えてたけど・・・

631 :629 :2000/11/14(火) 00:00
>630
いや、別次元に存在する関連スレッドでの書き込みとか。あるしね。
あんまし神経質になんのもどうかと思うし。
たいてい、ほんとのフェイク(なんじゃそりゃ)の場合は、本人及び
2ちゃんねらー探偵団のつっこみやフォローが入ってるから、そのへんで
自己判断されたし。

自分、「2ちゃんねるにおける夏目房之介の生態」を見るのが好きなんで
前にも書き込みの傾向と対策とかやったんだけど、かえって場を混乱されてる   
みたいで、すんません。
まあ、匿名掲示板で、その背後のことまでつっこむのは野暮天、というもの
でしょう。レスじゃ煮ても焼いてもおいしくないし。ねえ。

632 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/11/14(火) 01:03
夏目さんの書くマンガ論は「文法論」であると同時に、その文法が時代の
中でどのように代わって行くかを見る、すぐれて歴史的なものだと思います。
そのなかで、個人的には昔のマンガの代表である「のらくろ」が、今の
マンガと文法的にどう共通し、またどう違っているのかについてとても
興味があります。ほんとは「マンガ夜話」でやってほしいくらい(笑)。
つーわけで唐突ですがリンク。

『「のらくろ」って知ってる?』
http://piza.2ch.net/test/read.cgi?bbs=comic&key=973950855



633 :夏目房之介 :2000/11/14(火) 01:13
>>629 名前:ふさふさのフェイクについて さん。
なるほど、うまい整理ですね。
けど、初期型2はここではなく、他の場所でしたし、
この場所では、ほんとに数件しかなかったですね。
ちょっと、最近の人は誤解するかもしれない。

つまり、過去の書き込み量が増えすぎて、
新規参入では、もはや追いつけないところまできてしまった。
これでは、話が積み重なることもできないし、
過去の書き込みを知っている人と
知らない人で混乱もおきる。

これも、そろそろ僕が撤収しようと思う
大きな理由の一つです。

というわけで、撤収へのカウントダウン10。

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