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[第四弾]妹に言われたいセリフ
- 580 :1:ただの日曜日SS :05/02/19 04:48:12 ID:Kg1TqN/8
- 日曜の朝日を浴びながら、浅い息を繰り返し、小刻みに、跳ねる様に、前へ、前へ。
約800mの折り返し地点。
スピードを落とさずターン。
今まで追い抜いてきた風景が再び現れる。
また、前へ、前へ。
時速制限の看板、曲がり角のミラー、すれ違い際に交わす新聞配達員との挨拶―――。
数年前からずっと変わらない、俺のジョギングの風景。
と、ふいに現れる見慣れない、見慣れた後姿。
短めの黒髪に小さなリボン。
あれは、翔華(しょうか)?
何故翔華がここに?
いつもの朝の散歩――いやそれは無い。
数年来、ジョギング中に会ったことは無い。
俺のジョギングも、翔華の散歩も別の時間、それぞれの時刻を外れることなく続けられてきた。
だったら、何故。
辺りをキョロキョロと見回し、何かを探している様だ。
段々と距離が縮まり、声が聞こえ始める。
「――ゃん、健兄ちゃん!」
- 581 :2:過去と現在のSS :05/02/19 04:49:13 ID:Kg1TqN/8
- 『二人とも、待ってよぉ〜』
『何やってんだ、翔華!』
『翔華、こっちだ急げ!』
『そんなに早く走れないよぉ〜』
小さい頃のことだ。
俺は一組の兄妹に出会った。
毎日毎日同じ公園で会ううちに、いつの間にか俺も兄妹の一員になっていた。
兄の名は健一郎。 妹の名は翔華。
『よ〜し、ここまで来れば大丈夫だな』
『健、翔華がまだ来てないぞ』
『大丈夫だって。 すぐに――ほらな』
『はぁ、はぁ、ひどいよ〜っ。 二人とも翔華のこと置いてくんだもん』
『あのなぁ翔華・・・・今回の作戦は素早い行動がモノを言うんだ。 お前に合わせてたら確実に失敗しちゃうだろ』
『ふえぇ・・・健兄ちゃん、ひどいよぉ〜』
『健、ちょっと言いすぎじゃないか』
『甘やかすな、洋介。 別にオレは翔華をいじめてる訳じゃないんだ。
翔華はやれば出来るんだ。 翔華、もう大丈夫だよな?』
『う、うんっ』
兄は誰よりも妹を理解していて、それを知っている妹は誰よりも兄を信頼していた。
俺も早くそうなりたい。 そう願ってやまなかった。
けれども、兄は、今―――。
- 582 :3:兄妹+1SS :05/02/19 04:50:13 ID:Kg1TqN/8
- 「健兄ちゃ――んっ!」
余程懸命なのか、大分近づいても俺に気付く気配は無い。
「翔華、どうした」
殆ど真後ろに立って声を掛ける。
「あ・・・・洋兄ちゃん!」
若干、涙目なのに気付く。
「あの・・・健兄ちゃんが、昨日からいないの・・・・」
「・・・またか」
気付かれないよう、小さく溜め息。
「放って置いても、今晩辺りにひょっこり帰ってくるだろ?」
週に一度はふらっと出て行き、一晩もすれば帰ってくる。
それがアイツの行動パターンだ。
「でも・・・・事故とかに遭ってるかも・・」
その度に心配する翔華。
「大丈夫だよ。 生まれたばっかの仔犬じゃないんだからさ」
――その度になだめる俺、なだめられる翔華。
「でも・・・なんか、胸騒ぎが・・するの」
しかし、今日の翔華は引かなかった。
「すごく・・嫌な予感、するの・・・・怪我とかしてるのかも」
何故――と思い、一つの変えようの無い事実に思い当たる。
そうか。 明日なのか。
「どうしよう・・・・健兄ちゃんに何かあったら・・・私、私・・・っ」
「――分かった。 俺も探そう」
「あ・・・うん、お願い、洋兄ちゃん」
- 583 :4:ココロ前向きSS :05/02/19 04:51:17 ID:Kg1TqN/8
- 『誰にも見付かってないか?』
『うん、多分大丈夫だよ』
『本当かぁ?』
『う、うん・・・・多分、大丈夫・・・』
『健、やめろって。 それより早く行ったほうがいいんじゃないか?』
『そうだな。 ここでうだうだやってたら見付かっちまう』
『ほら翔華、そこ、気を付けて』
『うん、洋兄ちゃん』
『ほらお前ら、急げよ』
『分かってるって。 ・・・・でもさ健、本当に在ったのか?』
『ああ、間違いないって。 あれはダイヤモンド、ってやつだ』
『ダイヤモンドか・・・重いのか、やっぱり』
『ああ。 でなきゃ翔華なんか連れてかないって。 猫の手も借りたい、ってやつだよ』
『うぅ〜、健兄ちゃんひどい〜』
『いいからしっかり働けよ、翔華。 お前も洋介が家族になったら嬉しいだろ?』
『う、うんっ。 お母さんにダイヤモンドあげて、洋兄ちゃんを家族にして下さい、って頼むんだよね?』
『ああ! それで洋介はオレたちの本物の家族だ!』
『二人とも、ゴメンな・・・・オレのために・・』
『何言ってんだ、洋介。 弟のために一肌脱ぐ、ってやつだぜ』
『そうだよ、洋兄ちゃん』
『・・・えぇ〜、オレが弟なのかよ』
『当たり前だ。 お前が一番新入りなんだからな。
本当はお前が一番下なんだけど、どう見ても翔華よりしっかりしてるから二番目な』
『うぅ〜・・そうだけどぉ。 やっぱり健兄ちゃんひどい〜』
『・・ま、いっか。 じゃあ悪いけど二人とも、オレのために力を貸してくれ!』
『おう!』
『うん!』
- 584 :5:過去に囚われたSS :05/02/19 04:53:23 ID:Kg1TqN/8
- 学校、商店街、駅前。 辺りを見ながら回っていく。
「・・・・見付からないね」
「やっぱり公園だな」
「うん・・・急ご」
気ばかり焦っている様だ。
理由のない焦燥感。
翔華・・・お前は、今も―――。
「健兄ちゃん・・・・」
- 585 :6:廃屋探検SS :05/02/19 04:54:28 ID:Kg1TqN/8
- 廃屋の危なっかしい階段を登り、三階へ。
廊下を箸まで歩いて、健が止まる。
『ここだ』
右手に指差す古めかしい扉。
『すげぇボロいな。 開くのか?』
『思いっきりやればな。 洋介、手伝え』
『おう』
二人掛かりで戸をこじ開ける。
がたん。
『あ、開いたよ』
『よし、中に入るぞ・・・あ、入り口のとこ、気を付けろよ』
見ると、床が今にも崩れそうになっていた。
ひょい、と健が飛び越えていく。
俺もそれに続いた。
『翔華、跳べるか?』
『う、うん、やってみる』
危なっかしく、ぴょん、と跳ぶ。 しかし、着地際にバランスを崩し転びそうになる。
『危ない!』
とっさに手を掴み、引っ張って抱き寄せる。
『翔華、大丈夫か?』
『う、うん・・・ありがとう、洋兄ちゃん』
『気にすんなって』
カァー、カァー。
いきなり響く烏の鳴き声。
振り向くと、俺の身長位ある窓ガラスの向こう、木の枝に烏が止まっていた。
『あはは、笑われちゃったな』
『あはは、そだね』
『おい、お前ら何やってんだー?』
奥から健の声。
『悪い、すぐ行く』
- 586 :7:萌え無しSS :05/02/19 04:55:31 ID:Kg1TqN/8
- 無駄に広い公園を、文字どうり草の根分けて探していく。
一分、十分、三十分。 時間が積み重なるうちに、随分無駄なことをしている様な気がしてくる。
「健兄ちゃん・・・無事でいてね・・・・」
翔華の悲痛とも言える願いが、かろうじて俺を繋いでいた。
きらっ。
視界の隅に映る光の反射。
歩み寄り、それを拾い上げる。
「洋兄ちゃん・・?」
それはアイツがいつも首にかけているタグプレートだった。
「そ、それって・・・・け、健兄ちゃんの・・・っ!
健兄ちゃん、何か事件とか、事故とかに巻き込まれたの!?」
動揺する翔華。
「落ち着け、翔華。 コレ、いつも外れやすいってぼやいてたやつだろ?」
「う、うん・・・健兄ちゃんのことだから、落としたの気付かなかったんだよね?」
自分に言い聞かせるように、翔華は呟いた。
「健兄ちゃん・・・・大丈夫、大丈夫だよね・・・・・」
アイツの無事を祈る翔華は、最早悲痛そのもので―――。
「健兄ちゃん・・・・!」
翔華・・・・お前は今も―――健一郎に縛られている。
- 587 :8:トラウマSS :05/02/19 04:56:41 ID:Kg1TqN/8
- 『うわぁ・・・すごーい!』
『こりゃあ・・・すごい量だな』
『な? これだけあればきっとお母さんも許してくれるぜ』
『そ、そうだねっ』
『しかし・・重いってのは量が多い、てことだったのか』
『ああ。 コレなら分けて運べるから翔華でも役に立つだろ』
『うん、翔華も頑張る!』
持って来た鞄に、ガラス細工のダイヤモンドを詰めていく。
それが俺たちの願いを叶える魔法の石だと信じて。
『よし・・・翔華、それ背負って立ってみろ』
『え・・・まだ入るよ?』
『いいから』
『う、うん・・・わわ、重いよぉ・・・』
『やっぱりな・・・ほら、こっちに入れなおせ』
『う、うん・・・この位かな』
『健、こっちは詰め終わったぜ』
『よし・・・こっちもオッケーだ』
『結構重いな・・・・翔華、あの床跳べるか?』
『多分・・・』
『まず洋介から行け。 で、鞄だけ渡してその後に翔華が跳ぶんだ』
『よし、それでいこう』
『せ〜の、よっと・・・・と』
『洋兄ちゃん、大丈夫?』
『おう。 よし翔華、鞄渡せ』
『うん―――』
ぎしっ。
軋んだ床の音を、今でも憶えている。
- 588 :9:物理的SS :05/02/19 04:57:45 ID:Kg1TqN/8
- 『あ――』
崩れる床。
手を伸ばす俺。
届かない。
健一郎の手が、翔華に届いた。
そのまま引っ張り寄せて――。
何も無い方向へ翔華を送り出す。
物理法則に作用反作用というものがある。
いわく、力が作用するときには必ず反対方向に同等の力が発生するという。
また、同じ加速度のときならば、質量が多いほど力は増す。
リュックいっぱいにガラス細工を積んだ健一郎は、その力を制御出来る訳もなく――。
ガラス窓を突き破り、宙を舞った。
―――鈍い音。
時が止まった。
何が起こったのか、分からなかった。
- 589 :10:ココロの時SS :05/02/19 04:58:47 ID:Kg1TqN/8
- 『健にい・・・・ちゃん・・・・?』
数秒後か、数分後か。
翔華の声が俺を現実に引き戻した。
『け・・・健!』
廃屋を駆け下りていく。
『健! 健!』
あの木の根元。
『健、け――』
赤。 赤。 赤。
赤にまみれた、人形が一体。
『け・・・・ん・・・・・・?』
虚ろな目で、ただ宙を見つめて。
『おい・・・嘘だろ・・・・・?』
『けんにいちゃん・・・・・?』
上から、翔華の声。
『翔華! 見るな!!』
見せてはいけない。 何故か真っ先にそれが浮かんだ。
『けんにい・・・・』
『翔華! 見るな!! 翔華っ!!』
『う・・そ・・・・けんにい・・ちゃん・・・・・?』
人形は動き出すこともなく。
『う・・・・わぁぁぁ――――っ!!!』
ただ翔華の慟哭を聞き続けて。
そして、彼女の時が止まった。
- 590 :11:犬SS :05/02/19 05:00:02 ID:Kg1TqN/8
- がさがさっ。
草むらから物音。
「あ・・・健兄ちゃん!?」
「・・・・・・・」
「健兄ちゃんでしょっ!? 健兄ちゃん!!」
「・・・・ほら、出て来いよ」
がさがさ、がさっ。
「健兄ちゃん!!」
駆け寄り、抱きつく。
「心配したんだから・・・健兄ちゃんに何かあったら・・・私、私ぃ・・・っ!!」
「・・・・・?」
きょとん、とした顔。 なぜ翔華が泣いているのか分かっていないようだ。
ぺろっ、と涙を舐め取る。
「健兄ちゃん・・・・無事で、ひっく、無事でよかった・・」
想いが伝わったのか。 ようやく口を開く。
「わうっ」
元気を出して、とでも言うように、その犬は翔華の涙を、頬を舐め続けた。
- 591 :12:PTSDSS :05/02/19 05:01:12 ID:Kg1TqN/8
- 兄は誰よりも妹を理解していて、それを知っている妹は誰よりも兄を信頼していた。
兄を失った妹の心は、粉々に砕けた。
何をするでもなく、兄の名を呼び続けていた。
俺はといえば、何も出来ない自分を憎むことしか出来なかった。
ある日、妹に一匹の犬があてがわれた。
何でもいい、生きるという行為に復帰するきっかけになれば――。
そう願ってのことだった。
妹は、粉々になった心を辛うじて繋ぎ止めた。
そして、その犬は彼女の兄になった。
「健兄ちゃん・・・良かった・・・・よかったよ・・」
泣き続ける翔華を、俺は直視することが出来なかった。
憐憫、後悔、怒り。 全てのような、どれでもないような感情を持て余していた。
「また・・・・居なくなるのは・・やだよ、健兄ちゃん・・」
それは、ただ単にこの犬の放浪癖へのつぶやきだったのかもしれない。
だが、俺には――二度目の別れに対する怯えに聞こえた。
- 592 :13:流れ出す時のSS :05/02/19 05:02:32 ID:Kg1TqN/8
- 泣き止み、帰り道。
俺は聞かずには居られなかった。
「翔華・・・・明日は何の日か知ってるか?」
答えて欲しかった。
健一郎のために。
翔華のために。
俺のために。
「明日・・・・? なんだろ? 分かんないや」
けれども、願いは叶わなかった。
「・・・・・そっか」
「何の日なの?」
「いや・・・・何でもないよ」
翔華・・・それが翔華の望みなら・・・・俺はそれに従うよ。
「何だろ〜・・・? 何かあった気もするんだけど」
「いいんだ。 忘れてくれ」
それが、きっと翔華のためなんだ。
「でも・・・何か気になる・・・・・あれ?」
「翔華・・・?」
「あれ? あれれ?」
泣いていた。
声もあげず、ただ涙を流していた。
「あれ? な、なんで? 何で涙が・・・?」
―――それが、俺を動かした。
あるいは無意識の悲しい記憶が揺さぶられただけかもしれない。
けれども、俺には翔華が今の自分を嘆いているように見えた。
- 593 :14:俺の屍を超えていけSS :05/02/19 05:07:32 ID:Kg1TqN/8
- 「な、何で泣いてるんだろ? え、えへへ、おかしいね、健兄ちゃん?」
「わうっ」
「あれれれ? ま、また涙が・・・」
翔華・・・そろそろ歩き出そうか。
俺も、勇気を出すよ。
「・・・・・・翔華、明日暇か?」
健一郎が死んだ、明日。
その日から止まった時を、動かそう。
「え? う、うん、暇だよ」
兄は誰よりも妹を理解していて、それを知っている妹は誰よりも兄を信頼していた。
俺も早くそうなりたい。 そう願ってやまなかった。
「ちょっと付き合ってくれないか?」
「え・・・へへ〜、で〜とのお誘い?」
けれども、兄は、今はもう居ない。
だから、俺が兄になるんだ。
「まぁそんなとこかな」
誰よりも翔華を理解して。
「え・・・・? あ、う、うん、そうなの? じゃ、じゃあ準備しておくね」
誰よりも翔華を想って。
「そんなに準備とかはいらないぞ。 色気の無いところだからな」
誰よりも翔華と一緒にいて。
「え、何処行くの?」
「墓参り、かな」
「おはか・・・?」
「ああ。 一緒に、行こう――」
健一郎、見ていてくれ。
お前以上の兄になってみせるよ。
明日、俺たち三人の、時が動き出す。
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