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[第四弾]妹に言われたいセリフ
- 307 :前スレ931 :05/02/12 23:10:46 ID:/cWKof5X
- __________________________________
静かに時を刻んでいた掛け時計がきっちり7度鳴った。
朝日の差し込む台所。まな板の上でトントン…とリズミカルな音を響かせていた少女は
包丁を置いた。幼さは残るが美しく整った顔、白雪のような肌、そしてどことなく無機的なその表情…見るものに人形を思わせるその少女は、ゆっくりと時計を仰ぎ見た。
後ろに結われた豊かな黒髪がさらりと波打つ。
「…にいさん起こさなきゃ…」
そう呟くと少女は台所を出て階段に脚をかけた。一歩一歩踏みしめるたびに刺すような冷たさが靴下越しに伝わる。
二階の、『KAZUTO』と書かれたネームプレートが下がる扉の、鈍く輝く銀色の取っ手に手をかけた。
「和人にいさん…起きてくださ――」
「やあ、おはよう雪乃ちゃん」
少女が扉の先に見たのは、窓からのまばゆい光を背に立つ青年の姿だった。
一見さわやかな、しかしどこか気だるさが見え隠れする顔に力いっぱいの笑みを浮かべたその姿は、
大概の人間なら顔をしかめること必至の不自然さだ。が…
「…ええ。おはようございます」
慣れているのだろうか、少女は眉一つ動かさずに淡々と言葉を返す。
「朝ごはん出来たから早く来てください。それと…」
「何だい?雪乃ちゃん」
「今度下履いてなかったらにいさんのごはんは、おじゃが一個になりますので
そのつもりで…」
「へっ?下?…あ」
そう言われて目線を下に落とした和人は小さく声を漏らす。
うん、履いてない。何も履いてない。見事にワイセツ物丸出しだった。
「をおっ、いやあの、これはなんていうかそのー」
言い訳を取り繕わんと必至で脳を回転させる和人。そして
「…雪乃ちゃんの…えっち…」
バターン!
和人一世一代の言い訳は、雪乃が思いっきり扉を閉める音に
かき消されてしまったのだった。
- 308 :前スレ931 :05/02/12 23:13:24 ID:/cWKof5X
- 「いやホントわざとじゃないんだって。俺はただフツーに着替えてただけでその…」
「…」
えんえんとしゃべり続ける和人と、それを半ば聞き流しながら無言で食事を口に運ぶ雪乃。
朝の食卓で向かい合う二人の姿は実に対照的だ。
「ちょっと寝ぼけてただけなんだってば。いやぁタイミングいいっていうか
悪いっていうか、ねぇ?まさかいきなり入ってくるとは
ムハンマド(注 預言者でも思わな」
「黙って食べてください」
「はい」
静かに一喝され、和人はいそいそと食事にもどる。
しかし、おとずれた静寂に耐え切れなかったのだろう、TVのチャンネルに手をかけスイッチを入れた。
「…にいさん、お行儀が悪いですよ…」
「まあいいじゃない、今日くらい」
「…もう…いくらお義父さんとお母さんがいないからって…」
そう、遡ること2日前。珍しく朝早くに目覚めた和人が二階から降りてゆくと、父と義母がなにやら大きなスーツケースを抱えているのが目に入った。
「父さん達、何やってんの?」
「おう和人。仕事入った。悪いが2週間ばかし家空けるぞ。」
「2週間?カウンセラーが2週間も何処行くってのよ?」
禿頭に濃い顎鬚の巨漢、一見するとカタギかどうかすら疑わしい父のメンタルカウンセラーとしての能力は確かにずば抜けたものではあった。が、長期出張というのには和人も首を傾げずにはいられない。
- 309 :前スレ931 :05/02/12 23:15:10 ID:/cWKof5X
- 「俺のカウンセリング法にカリフォルニア大の先生方が興味持ったらしくてなぁ。次の臨床心理学会での発表の参考にしたいんだと。ほんで、お呼ばれしたからちょっとアメリカまで行ってくるわ」
「アメリカってちょっ…」
「そぉなのよ〜。おとーさんすごいでしょ?」
脇から義母が口を挟む。
「義母さんは何処へ?」
「決まってるじゃない。おとーさんの付き添いよ。留守の間、雪乃のことお願いねカズ君」
「……………」
「付き添いはいらないよなぁ…やっぱ」
「?何の話です…?」
「や、なんでもない。っと、テレビテレビ」
他愛も無い朝のワイドショーに意識を戻しながら会話を続ける。
「雪乃ちゃん、中学はどう?もう慣れた?」
「…4月になったら、私もう3年生ですよ…?」
「あ、そーかそーか。もう2年生も終わりなんだっけ。雪乃ちゃんも大きくなったねぇうん」
「…にいさん、もっと考えてしゃべってください」
「はい…」
雪乃はクールな態度を崩さず言い放つが、不思議とそこに嫌味はない。
和人もその言葉を受けてもなお笑みを崩さない。
これがこの兄妹独特のコミュニケーションなのだろう。
2月の冷えた空気で満たされた食卓の雰囲気はどこか暖かだった。
- 310 :前スレ931 :05/02/12 23:17:24 ID:/cWKof5X
- 「…じゃあ、食器の後片付けだけお願いします…」
「ああ任せて、いってらっしゃい」
玄関先で靴紐を結びながら雪乃は言った
「あ…にいさん。私、今晩友達の家で勉強会あるから…」
「そっか、そろそろ学年末テストだもんねぇ」
勉強会という言葉の響きが中学生らしくてなんともほほえましい。和人は微笑を浮かべながら言葉を続ける。
「あんま遅くならないようにね。物騒だから、最近は」
雪乃は返事の変わりにこくりと小さくうなずいた。
「にいさんも遅刻しないように…」
「大丈夫。今日は雪乃ちゃんのおかげで早起きできたからね」
「あ………」
朝の光景を思い出して、雪乃は頬をほんのり赤く染めた。
「ん?どうしたの。忘れ物?」
「いえ、なんでもないです…行ってきます」
それ以上の詮索を避けるように、雪乃は足早に玄関を出て行った。
「いってらっしゃーい。さてと」
冷え切った外気が吹き込んでくる玄関の戸を閉めると、和人は再びリビングへと足を向けた。
- 311 :前スレ931 :05/02/12 23:19:33 ID:/cWKof5X
- 「で、なんで遅刻したんだ?和人」
「や、諸般の事情で」
時は正午過ぎ。にわかに騒がしくなった大学の広場の片隅で、青年二人が
問答を交わしていた。
「いい根性だな、まったく。2限のチャイ語、単語テストだったってこと
忘れてたわけじゃないんだろ?」
「あ」
「いや忘れてたのかよ」
「そう言うけどね、蓮。昨日のアンダーテイカーの活躍をビデオで
見ないことには俺の一日は始まらんのさ。とりゃークローズライン!」
奇声を上げながら繰り出された和人のラリアットを蓮はアッサリとかわす。そして
「ぐおっ」
逆に相手の額に掌底を浴びせた。
「何してんだか、まったく…。プロレスで単位落とす気かよ?お前」
「しょーがないだろ」
赤くなった額を撫でこすりながら、和人は口を尖らせる
「リアルタイムじゃ見れない俺の苦しみをちょっとでも理解しようとは思わないのかい?」
「ああ、確か義妹さん…」
そう言う蓮の顔が微かに陰りを帯びる。
「雪乃ちゃんにはあーゆーのはきついんだよ。テレビでもね」
「例の発作って奴か…………大変なんだな、お前」
和人は目でうなずく。
「…ま、かわいい義妹のためだからねぇ。そのためなら単語テストなんて
この際どーでも…」
「それは関係無い。全然」
「あ、やっぱり」
- 312 :前スレ931 :05/02/12 23:22:03 ID:/cWKof5X
- 和人のあくまでお気楽な態度に、蓮はふうっと大きくため息をついた。
「お前見てると、こっちまで一緒にだらけちまいそうになるよ」
「そぉか?ほんじゃあ午後の授業サボって遊びに行こーや」
「魅力的な提案だけど、3限の先生はちょいと神経質でね。サボると
後がきついんだよ」
「そりゃー残念」
「明後日なら付き合うよ。瑠々伊駅の近くに良さげな雑貨屋見つけたから行ってみようぜ」
「ウチの近所に?へー。ひょっとしてそりゃこの前、お前が女の子と
入ってった店かい?」
その言葉に蓮はぎょっと顔を上げる。
「なっ…!お、おま…見てたのかよ?!」
「ええ見てましたとも。あのしまりの無い顔、ケッサクと言わずして
何といおうか。ちゃあんとケータイで撮っといたよ」
和人は意地の悪い笑みを浮かべながら、妙に芝居がかった口調で答えた。
「ばっ馬鹿!ありゃ俺の妹だっての!」
「ほう?妹さん。ずいぶん可愛い子だったねぇ」
「何が言いたいんだよ、お前は…」
「さあね。それより、そろそろ3限始まるぞー?」
和人の言葉に合わせたように1時を知らせるチャイムが学校中に鳴り響く。
「ほれ」
「くっそぉ……おちおち道も歩けやしないな…」
「今度から後ろにも目ぇつけとくんだねぇ。何なら俺の目一個貸そーか?」
ぼやきながら教室に足を向ける蓮の背中にむかって、和人はけたけた笑いながら言った。
「視力の良さは折り紙つきだぜ」
- 313 :前スレ931 :05/02/12 23:26:22 ID:/cWKof5X
- かち、かち、かち、かち…
時計の針の音だけが静かに響く部屋で、和人はパソコンに向かってせわしなく指先を動かす。
「…であるっと。ふい〜〜〜〜〜〜。レポート終わりぃ〜!」
いすの背もたれに体重を預けて大きく背中を伸ばした。
「今何時だっけか?」
一人ごちながら目を向けた時計の針はもう少しで10時を指さんとしていた。
雪乃はまだ帰ってこない。友達との会話が弾んでいるのだろうか。
なんとはなしに和人は席を立って階段を下り、玄関へと足を向けた。
凍てつくような風が吹く表に出て、辺りを見回す。と、見慣れた人影を電柱の影に認めて、和人は手をふろうとした。
しかし、その様子は遠目にもはっきりわかるほどおかしい。
影の足取りはまるで千鳥足のようにおぼつかないものだったのだ。
「!まさか…」
和人は影に向かって走り寄る。
「雪乃ちゃん!」
「……にい………さ………」
影は和人に向かって倒れ掛かった。その息遣いは荒く、白雪のような肌は血の気が引いて、
青ざめてしまっている。
「くっ」
和人は雪乃を抱きかかえると急いで家に駆け込んだ。
- 314 :前スレ931 :05/02/12 23:28:40 ID:/cWKof5X
- 彼女の部屋のベッドにそっと横たえ、汗を拭く。
「はぁっ………はぁっ………」
未だ息の整わない雪乃の額に濡れタオルをのせながら、和人はそっと声をかける。
「大丈夫?今なんか飲み物を…」
「……にいさん」
台所に駆け出そうとするその袖を、雪乃は力なくつかんだ。
「?どうしたの?」
「…そばに………いて……ください……」
普段の雪乃からは想像もつかない弱気な台詞だった。
和人はうなずいて、その手を握りながらベッドの傍にゆっくり腰を下ろした。
「わかった。傍にいるよ」
その言葉に雪乃はふっと安堵の笑みを浮かべた。
「何があったんだい?」
ようやく生気の蘇り始めた雪乃に和人は尋ねた。
「…駅前で……喧嘩してる人たちがいて……血が…流れてて…それで…」
「それを見ちゃったのか」
雪乃は小さくうなずいた。
- 315 :前スレ931 :05/02/12 23:33:06 ID:/cWKof5X
- これが雪乃を蝕む発作であった。
血や暴力的な情景を見ることで引き起こされるこの発作は彼女の過去のトラウマに端を発している。
雪乃の父が亡くなったのは今から10年前。
彼女の目の前で暴漢に刺し殺された。
父の骸から溢れる鮮烈な紅の海の中で、わずか4歳だった少女が垣間見た世界は地獄そのものだった。
そして幼い彼女の心は砕かれ、永遠に癒えることの無い傷を負った。
初めて雪乃と会ったときのことを和人は忘れることが出来ない。カウンセリングを受けるために、
母親に手を引かれて和人の父の診療所を訪れた雪乃はまるで本物の人形のようだった。
まるで白亜で出来た彫像のようにその表情は変わることはなく、その両の瞳は虚無の他に何一つ
映してはいなかった。
「ゆっくり休むといいよ、雪乃」
「…はい。…ありがとうございます、にいさん…」
雪乃はそう弱々しく言葉を返し、やがて和人に手を握られたまま静かに寝息を立て始めた。
眠りに落ちた彼女の手を包みながら、和人は小さく笑みを浮かべる。そして
「ふうっ」
大きく安堵のため息をついた。緊張を解いて天井を見上げる。
「『にいさん』か…」
未だにその言葉に違和感を感じる自分がいることに、和人は驚く。
「(もう9年も一緒に暮らしてるのになぁ)」
まだ許してないんだ 俺自身を
蛍光灯が煌々と照らす部屋の中で、和人の顔にわずかに影が差した。
「また………あの日が来るんだね…」
- 316 :前スレ931 :05/02/12 23:36:59 ID:/cWKof5X
- うわ、俺一人でカキコしすぎだよ…
スレ汚しすんませんでした
あ、一応
途中で出てきた蓮は前スレで書いたヤツの主人公です
- 317 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/12 23:38:31 ID:MbKyLhzL
- いやおもろかったわ
- 318 :前スレ931 :05/02/12 23:47:12 ID:/cWKof5X
- あ、どーもです
でも、まだ続きあるんですわこれが…
すいません、お付き合いください
- 319 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/12 23:54:08 ID:MbKyLhzL
- 地の果てまでも
- 320 :コンズ :05/02/13 00:17:30 ID:yN8E6bOA
- ぷはーっ!!読み入ってしまいまふた。次の投下わいつ頃で?
- 321 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 00:24:40 ID:FlYVj91X
- >318
俺もつきあうぞ!
…俺って敬語の妹に弱いのかも……
- 322 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 00:39:15 ID:ZjvEf0aC
- すげぇ……
素晴らしすぎる……
- 323 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 00:53:45 ID:hgitM/xr
- 上手いですよねぇ。
羨望の念を隠しきれないです。
すごいの一言ですよ、ホント。
- 324 :前スレ931 :05/02/13 01:01:48 ID:DHB6+Sdf
- おおお…あんな駄文を読んでくださって、皆さんさんくすです
話はもう全部出来てるんで、よろしければ明日から順次投下させていただきまっす
- 325 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 01:58:19 ID:GxXFzcn6
- 今投下してはくれんのか〇| ̄|_
この続きが物凄く気になる気分で俺に寝ろと言うのか〇| ̄|_ 〇| ̄|_
- 326 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 03:27:07 ID:Ok1XGnJX
- 何故かかつての288氏を思い出した
…いや別にネタが被ってるとかではなく
- 327 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 03:35:10 ID:hgitM/xr
- >>326
それ、第何スレのヒトですか?
個人的に気になるんで、見て来たいんですが。
- 328 :コンズ :05/02/13 03:42:42 ID:yN8E6bOA
- Give me 全スレ931
もう気になって夜も眠れない(・∀・)
- 329 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 03:45:36 ID:z0HsnTpV
- 乙ですー
素晴らしいです。
どんどん続き投下しちゃってください!!
期待してますよ(´∀`)
- 330 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 04:03:45 ID:3EksoEle
- 遊星さんといい931さんといい
小説家めざせますよ?
同人誌ならず同人書で!
- 331 :遊星より愛を込めて ◆isG/JvRidQ :05/02/13 07:12:50 ID:DeVwSD31
- すっげぇ……。
俺とは比べ物にならんよ、マジで……。
>>326
確かに……。
って言ったら、気分を悪くするだろうか……。
- 332 :前スレ288 :05/02/13 16:15:09 ID:RtwTmGNA
- ……お前ら、パンドラの箱という神話を知っているか?
あらゆる不幸を閉じ込めた箱を与えられた、少女の話。
話それ自体は知らなくても、パンドラという名前くらいは耳にしたことがあるだろう。
この話の少女は、……結末を言ってしまうが、結局は好奇心から箱を開けてしまう。
慌てて箱を閉めたら、残っていたのは希望だけ。
その結果、あらゆる不幸が世界中にばら撒かれることになった―――というお話だ。
よく考えてみてくれ。おかしな話じゃないか?
不幸を閉じ込めておいた箱に、どうして希望なんてものが入っていたのだろう。
これは推測だが……それは未来というやつなんじゃないかと思う。
未来のことが事前に分かってしまう。気づいてしまう。そうしたら人は生きていけない。
だから箱に閉じ込めておいた。つまりはそういうことなんだろう。
だが、ここにその最後の不幸を与えられてしまった少女がいる。
………そう。例えるなら、これはそんな話だろう―――。
- 333 :前スレ288 :05/02/13 16:16:53 ID:RtwTmGNA
- 最後の日まで、あと7日。
「―――もう、長くありません」
無機質な部屋の中で、妹の担当医はそう告げた。
「病気に抵抗する力がないのでしょう。病状は悪くなる一方です」
担当医は額にシワを寄せ、カルテを真剣に見つめている。
「こちらとしては、打つ手がありません。持ってあと一週間でしょう」
担当医は本当にすまない、という表情をしながら俺に言った。
「……分かりました。ありがとうございます」
俺はイスから立ち上がり、部屋を出ようとする。
「―――あの」
振り向くと、担当医は俺をしっかりと見据えていた。
口が開く。
- 334 :前スレ288 :05/02/13 16:18:47 ID:RtwTmGNA
- 「春香、入るぞ」
「あっ!お兄ちゃん♪えへへ…いらっしゃ〜い」
「調子はどうだ?」
「うん、今日はいつもよりいいよ。春香、ちゃんといい子にしてたから」
「そっか。春香はいい子だな。……そんな春香にご褒美をあげよう」
「ほえ?ごほうび?」
「退院、おめでとう。春香」
「……え?」
「担当医の先生がさ、もう退院してもいいってさ」
「………」
「……春香?」
「―――う」
「う?」
「う……う……うわあああぁぁぁん!」
「はっ、春香!?ど、どど、どうした!?」
「うう……嬉しいよぉ!お兄ちゃん……ありがとう……!」
「あ、ああ……。俺の力じゃないよ」
俺の力じゃない。
春香は本当はもう助からないから、せめて長年帰っていなかった自宅に帰らせてやろう。
担当医が言ったんだ。俺の力じゃない。
すなわち、俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺の………。
- 335 :前スレ288 :05/02/13 16:20:53 ID:RtwTmGNA
- 「えへへ〜♪」
「そんなに楽しみか?うちに帰るの」
「うん!だってだって、もう三年も帰ってなかったんだよ?」
「あ、もうそんなに経ってたっけ」
「もぉ〜!それくらい覚えておいてよぉ〜……」
「冗談だよ、冗談。ほら、着いたぞ」
夕暮れを背負った我が家を見上げる。春香は目を丸くしてそれを見上げた。
「……懐かしいなぁ。あ!あそこ春香の部屋でしょ?」
「ああ、そうだな。で、隣は俺の部屋だ」
「お兄ちゃんの部屋かぁ……。入るのも久しぶりだよね」
「昔はしょっちゅう来たけどな。夜中に怖くて眠れな〜いとか半べそになって」
「むかっ!春香ちゃん、今ので怒っちゃいました」
「え?あ、いや、ごめん」
「ダメです。もう怒っちゃいました。お兄ちゃんのベッドの下を調べるまで許しません」
「……置いてくぞ」
「ほえ?……あっ!あ、待ってよぅ!……って、図星?お兄ちゃん、図星なの〜っ!?」
- 336 :前スレ288 :05/02/13 16:22:58 ID:RtwTmGNA
- 玄関を開けた。俺にとっては見慣れた廊下が広がる。しかし―――。
「えへへ……帰ってきちゃった」
「ああ」
俺は靴を脱ぎ、フローリングの床に踏み出す。それから振り返り、
「春香。……おかえり」
「あ……うん。……ただいま、お兄ちゃん」
手を差し伸べる。春香は靴を脱ぎ、何のためらいもなく俺の手をとった。
「あ!」
「おわっ!?なんだ?」
「お父さんとお母さんにも、ただいま言ってこなきゃ!」
そう告げると、春香は俺の手を離し、廊下の奥へと小走りに駆けていく。
行き先はおそらく仏間だろう。そこに両親の仏壇がある。
俺たちの親はすでに亡くなっている。心臓病だ。
その病気が、今度は春香の命を奪おうとしている。
「……くそっ」
俺は空いた手を強く握り締め、春香の後を追った。
仏間に入ると、春香は両手を合わせて正座していた。無論、仏壇に向かってだ。
俺はそれを後ろから眺める。
……肩までの髪。華奢なそのシルエットはひどく痩せているように感じた。
ぼんやりと眺めていると、春香は立ち上がり、その可愛らしい顔を少し歪めて笑った。
―――無理して笑っている顔だ。
「あは……お父さんとお母さん、おかえりだって」
「ああ……」
- 337 :前スレ288 :05/02/13 16:24:53 ID:RtwTmGNA
- _| ̄|○ 書いちゃった。続きは書かない。
- 338 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 16:38:22 ID:3EksoEle
- >>337
許さん!書きなさい!この俺のもやもやどうしてくれんだよ〜(´;ω;`)
- 339 :前スレ931 :05/02/13 19:53:40 ID:e+kDRYFj
- ぬお、件の288氏じゃないですか
すんません。俺が前スレで書いたヤツの導入部、288氏のとメッチャ似てました…
パクったわけじゃないっすから許して下さい… m(_ _)m
- 340 :前スレ288 :05/02/13 19:58:16 ID:RtwTmGNA
- 「春香、そこのしょうゆ取って」
「これ?はい、お兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」
何気無い日常。本来ならどこの家庭にもある、当たり前の風景。
俺はその重さを噛みしめていた。
やっと、やっと春香は我が家に帰ってこられた。ここまで、本当に長かった。
だけど―――。
あと、6日。
あくまでも予測で、今日を含めても7日。
それでもたった7日だ。それしか春香は生きることができない。
……明日から、学校は休もう。先生も分かってくれるだろう。
一週間だけ。残されたこの時間を、春香と一緒に過ごそうと思う。
「ダメだよ、お兄ちゃん」
「えっ!?」
何故か心の中を見透かされたような気がして、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
春香はやっぱり、という表情になる。
「…………本当は分かってたの。春香、もうダメなんでしょ?」
俺は凍りついた。
「なんとなく気づいてた。お兄ちゃんにはウソついていたけど、体調は悪くなる一方だったし」
春香の口から、春香の心が紡がれる。
「春香、幸せだったよ。こんなに優しいお兄ちゃんがいてくれて」
言うな。その先は言うな。泣きそうな顔して、なに笑おうとしてるんだよ。
「だから……だから、もういいの。春香、どうせ死ぬから」
動けなかった。何も言えなかった。叱る言葉さえ出てこなかった。
そんな自分が、殺したいほど憎かった。
よくのん気に飯が食えるな、このクソ野郎。待ってろ。今、叩きのめしてやる。
「お兄ちゃんは普段通りの暮らしを続けて。春香は家でいい子にしてるから」
そこまで言って、春香はようやく作り笑いを浮かべることに成功した。
それが俺を動かした。
- 341 :前スレ288 :05/02/13 20:00:19 ID:RtwTmGNA
- ―――バチン。
俺は手加減せず、思いっきり春香の頬を叩いた。
「ふざけるなっ!何がどうせ死ぬから、だ!逃げるんじゃねえよ!!」
「う……」
「生きろよ!!最後なんだろ!?だったら……だったらしっかり生きてみろよ!!」
「……何も……何も分からないくせにっ!!」
春香はイスから転げ落ちるようにして俺から離れた。そのままドアへ走る。
「春香っ!!」
俺は後を追う。しかし―――。
目の前で、春香は自分の部屋の鍵をかけた。
しまった。その一言が頭に浮かんだ。
「お兄ちゃんのばかっ!!ばかばかばかばかっ!!」
俺はすでにその罵声を無視して、どうやって部屋に入るかの方法を考えていた。
「ばか……ばかぁ……」
だから、すぐには気が付かなかった。罵声はいつからか力無い泣き声に変わっていた。
「うう……ひっく……」
「春香……」
ドアの向こうで、ぐっ、と鼻水をすする声が聞こえる。
「あっちいって…………」
……待て。
やっぱり俺はバカだな。
部屋に入る方法なんて、すでに知っているじゃないか。
- 342 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/13 20:03:30 ID:RtwTmGNA
- 「―――春香。ここ、開けてくれないか?」
「やだ」
「外、綺麗だな」
「……外?」
「見てみろ、星が綺麗だぞ」
「…………あっちいってよ」
「言ったよな、春香。覚えてるか?小学校のときの……何年生かは忘れたけど、春休み」
「…………」
「お前、夜中にいきなり桜が見たいって言い出した。当然、俺は困ったよ」
次々と言葉が紡がれていく。
- 343 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/13 20:05:10 ID:RtwTmGNA
- 俺は悟った。何を、と訊かれると答えられないが、とにかく悟った。
きっと。
「でも、あまりに必死なお前の顔を見て、なんとしても叶えてやろうって思った」
人を最も傷つけることができるもの、最も癒すことができるもの。それは―――。
「家を抜け出して、そこの堤防まで行った。桜は咲いてたけど、暗くてまるで見えなかった」
言葉だ。
「お前はもういいよって言ってたけど、今度は俺がその気になっちゃって。帰ろうとしなくて」
ドアから返事は聞こえない。
「そしたら、雲が割れてさ。凄かったよな、空」
夜の空を覆っていた雲が突然割れ、隙間から爛々と輝く月と、無数の星が現れた。
その光は、壮大で、雄大で、何よりも綺麗で。
「その光のおかげで、桜、見れたよな」
そして、約束した。また今度、桜を見に来ようねって。
「春香」
言う。
「桜を見に行こう」
返事は聞こえない。だけど、俺は確信していた。
実はドアの向こうで春香は意識を失っていて、しばらくして病院に運ばれるけど―――。
春香はそんなことしない。
―――ガチャリ。
ドアが、開いた。
「……うん」
- 344 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/13 20:06:57 ID:RtwTmGNA
- 外は呆れるほど寒く、吐く息はことごとく白かった。
春香に厚いコートを着させ、俺のマフラーを首に巻かせた。手袋もさせる。
「大丈夫か?寒くないか?」
「……平気」
「そっか」
俺は手を差し出す。
「行こう」
「うん」
春香はその手を握った。
家から出て数分歩いたところで、もうその堤防まで辿り着いた。
「……もう、着いちゃったんだ」
「俺たちが大きくなったからな」
春香の手を引き、堤防をのぼる。力強く、握り締める。
そして、のぼりきった。
空には―――。
「…………」
「…………」
なにひとつ、輝いていなかった。
そんなバカな。さっきまではあんなに綺麗だったのに。
「……もういいよ、お兄ちゃん。帰ろ?」
春香が俺の手を引く。しかし、俺はふと思いついたようにその手を振り払った。
「お兄ちゃん?」
「見てろ、春香」
俺はさっと両手を上げる。真っ暗な空へ、目に見えない指揮棒を振り上げる。
「大事な大事なお客様だぞ。いいか、ヘマするなよ」
世界に告げる。
指揮棒を、振り下ろす。
―――瞬間。
- 345 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/13 20:09:11 ID:RtwTmGNA
- 空が輝いた。
雲は消え、月が現れ、星が光りだした。
夢なんかじゃない。
これは、現実の夢だ。
現実にしか作り出せない、夢なんだ。
「う、うわわ……わあ……」
春香は大口を開けてその光景に見入った。
『いいか?本当の音楽家ってやつはな、指揮棒一本で何でも操れるんだよ』
俺は人差し指を立てる。
『将来、お前がどう歩むかはお前の勝手だ。だが、これだけは覚えておけ。
エマーソンが言った。心の奥底に達して、あらゆる病を癒せる音楽。それは暖かい言葉だ。
俺のあとを継いで音楽家にならなくてもいい。だが、名前の通り、真の人間を目指せ。
いいな、真人。それだけは忘れるなよ』
俺は空を指差した。
「……覚えてるよ。天才音楽家の親父殿」
「……まこと……お兄ちゃん」
春香に向き直り、優しい笑みを浮かべる。
「はは。なに?」
「なんか……生き生きしてる」
「そうかな?ああ……そうかもしれない」
「……まこと兄ちゃん」
春香はそう言うと、俺の手を掴み、
「ありがとうっ!」
笑顔。
それが見たかったから、俺はいつも寝ているお前のために、音楽を始めたんだよ。
- 346 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/13 20:14:19 ID:RtwTmGNA
- >>338
すまぬ。これで許してください。 _| ̄|○
>>339
いや、むしろ俺がパク(ry
というか自分は下手なので、前スレ931さんのSSを期待しております。
- 347 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 20:25:52 ID:3EksoEle
- >>346
スマン…
俺は身内や友人の死になんどもたちあい泣く事許されず過ごした
もう何年も泣いてない俺が
目が潤んでしかたない
一言
良い作ありがとう
- 348 :前スレ931 :05/02/13 20:31:02 ID:e+kDRYFj
- ああ…切ねぇっすよ…ステキです…
ドコが下手ですか海中さん!
- 349 :遊星より愛を込めて ◆isG/JvRidQ :05/02/13 20:33:18 ID:DeVwSD31
- >海中時計 >前スレ931
あなた方、素晴らし過ぎ……もう言葉もないよ、マジで。
バレンタインSS?延期だ、延期!!来年まで延期!!!
- 350 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 20:50:06 ID:hgitM/xr
- 神が増えてる!
- 351 :前スレ931 :05/02/13 22:18:01 ID:e+kDRYFj
- >>349
神に褒められた!
てか延期しないで…お願いっすから
- 352 :前スレ931 :05/02/13 22:58:51 ID:e+kDRYFj
- 遊星さんへのテコ入れも兼ねて…続きいきまっす
_________________________________
空が茜色に染め抜かれ、道行く人の影が伸びゆく頃。
試験の張り詰めた空気がにわかに失せた教室で、蓮は和人に歩み寄った。
「よお和人。どーだった」
返事はない。
しかし、西に傾く夕日を見つめるそのうつろな瞳は、言葉以上のものを物語っていた。
「んぁあ〜もー!何なんだよあれはぁ…」
帰りの道すがら、和人は不満をぶちまけた。
「まあ確かにちょっとキツかったな、今日の試験」
「ちょっと?ちょっとと来たかい蓮?よゆーだねぇまったく。俺この単位やばいって…」
「ご愁傷様。つーかお前授業中ほとんど寝てたろうが。アレで単位取れたらこっちの立つ瀬がねえっての」
「う…」
「ま、今日で後期の試験は全部終わりだろ?明日から春休みだし、気晴らしに
飲みにでも行こーぜ」
「よっしゃー飲んだる!だから蓮…」
「ん?」
「…今夜は…帰さない…」
「よし黙れ」
- 353 :前スレ931 :05/02/13 23:01:22 ID:e+kDRYFj
- リビングに響くのはテレビから流れる流行りの歌謡曲。
独りきりの夕食を終え、ソファに腰かけた雪乃は静かに目を閉じた
音楽に耳を傾けているわけでは無い。
夜半の静寂を破るためだけにつけたテレビに、端から意識を向けてはいなかったからだ。
ただ、待ち焦がれていた。
ちらと見た時計はもうすぐ11時を指そうとしている
「(…にいさん…まだかな…)」
静寂は嫌いだった あの夜を思い出すから 鮮烈な赤に溺れた夜を
正直に言えば、そのときのことをはっきりと覚えているわけじゃない
ただ思い出さないようにしているだけかもしれない
でも、記憶の底に残る忌まわしい傷跡の疼きは私を捕らえて離そうとはしない
静寂はいや…
ひとりはいや…
そのとき不意にドアチャイムがリビングに響いた。
その音に思考を中断させた雪乃は、ふきんで手を拭いながら小走りで玄関へと向かった。
鍵を開け、がちゃりと扉を開ける。
「にいさ…」
「や、こんばんは」
そう言って、玄関口でひょいと左手を挙げたのは彼女も知っている人物だった。
- 354 :前スレ931 :05/02/13 23:04:41 ID:e+kDRYFj
- 「…鷹梨さん…?」
蓮は、どうもと小さく答えると背後に向かって話しかけた。
「しっかりしろ、和人。お前んちついたぞ」
「お〜う…」
蓮に半ば寄りかかるようにしながら、唸るような声で返事をしたのは和人だった。
その顔は赤く染まり、視線も虚ろ。何より漂ってくるアルコールの匂いが今の彼の状態を端的に表していた。
「ほら、立てるか?」
蓮の問いかけに行動で答えようとする和人。
しかし3歩も歩まぬうちに前のめりになり、玄関に崩れ落ちてしまう。
「あっ…だいじょぶです…か…?」
雪乃はおそるおそる尋ねるが、もはや和人の意識はまどろみの中に
沈んでしまったようだった。
「やれやれ、しょーがない。雪乃ちゃん、和人の部屋まで案内してくれる?」
蓮はそう言いながら、いびきをかき始めた和人を抱えあげた。
「よいしょっと」
二階の部屋にあるベッドに和人を寝かせた蓮はふうと息をついた。
「…ありがとうございました、鷹梨さん」
和人の顔をタオルでそっと拭くと、雪乃は蓮に向かってぺこりと頭を下げた。
蓮はひらひらと手を振りながら答える。
「いいって。もともと俺が誘ったんだしね。」
「れ〜ん…よく頑張ったねー、ごくろうさ〜ん。雪乃ちゃーん、ジュースちょーだーい…」
ベッドにうつ伏せになったまま間抜けた声を出す和人に、雪乃は呆れ顔になる。
「…にいさん、黙って寝ててください…」
「はは。じゃあ、おれはそろそろおいとまするよ」
そう言って玄関へ向かおうとする蓮の背に雪乃が声を投げかける。
「あ…私もご一緒してよろしいですか?…ちょっと近くのコンビニに用事があって…」
「そう?じゃあ一緒に行こうか」
- 355 :前スレ931 :05/02/13 23:08:31 ID:e+kDRYFj
- 蓮と雪乃はどっぷりと日の暮れた町を、少し離れて歩いていた。
外を満たす2月の冷たい空気が肌を刺す。
漆黒が塗りつぶした夜空を統べるかのような青白い三日月に、雪乃はしばし目を奪われていた。
「いい兄妹なんだね、2人は」
ふいに蓮が口を開く。
「え…」
「和人のやつ、酔うと雪乃ちゃんの話ばっかりしてたよ。君に感謝してるって。いつもすまないってさ」
「…」
「雪乃ちゃんは兄さん思いだしね。いい妹さん持って幸せだよ、和人はさ。ウチの妹にも
見習って欲しいもんだなー、まったく」
酔いの勢いも手伝ってか蓮はいつになく饒舌だった。
しかし、それとは逆に雪乃は伏せ目がちになって黙り込んでしまう。
「ん、どうしたの?雪乃ちゃん」
「………そんなこと……無いです……」
「え?」
「あ…いえ……何でもありません。私…ここで失礼しますね…」
通りにぽつんと立つコンビニの明かりを確かめると、雪乃はまたぺこりと頭を下げ、蓮に背を向けた。
「う…ん…」
自身のアルコール臭い吐息に、和人は小さくうめいた。
ベッドの上でごろりと仰向けになって澄んだ空気を大きく吸いこむと、改めて部屋の中を
ぐるりと見渡す。
- 356 :前スレ931 :05/02/13 23:10:54 ID:e+kDRYFj
- カーテンの隙間からわずかに漏れた月明かりが、机の上を照らしていた
「もうすぐ…か」
浮かび上がった卓上のカレンダーを見ながらつぶやく。
「優」
和人の淀んだ瞳に、ありし日の情景が映し出されてゆく
死んだ母さんのことはあまり覚えていない。
物心つく前にいなくなってしまった人だから寂しさもなかった
母親のいない三人だけの暮らし。
父さんと俺と、そして優との暮らしは俺にとって十分に幸せなものだった。
優
2つ年の離れた妹は、俺が子供ながらに守りたいとはじめて願った存在だった
「お兄ちゃん!」
小さな身体で力いっぱい俺を呼ぶその声はどこまでも明るくて、それを聞くたび俺の心は満たされるようだった
優が笑って俺が笑って父さんが笑って
こんな暮らしがいつまでも続くと信じていた
それが限りある時間だなんて想像もしなかった
11年前
突然訪れた崩壊の日はあまりに唐突で不条理だった
- 357 :前スレ931 :05/02/13 23:12:26 ID:e+kDRYFj
- 優を――まだ5才になったばかりだった少女を襲ったのは死に至る病だった
可憐な花のようだったその身体は、見る見るうちに枯れ木の様にやせ衰え、やがて優はベッドの虜に成り果ててしまった
始めのうちは、見舞いに足しげく通っていた
少しでもあいつのそばに居てやらなきゃいけない、という7歳のガキなりの使命感だったのかもしれない
だが、俺が優の元にいることで出来ることなんか何一つ無いことをやがて思い知る
優の弱々しいながらも精一杯の笑顔が激しい苦痛に歪むのを目の当りにする度、俺は彼女に何もしてやれない無力な自分を呪った
そして、俺の足は次第に病院から遠のいていった
守りたいものを守れない無力な己の姿を見るのが怖かったから
そして優は死んだ
春を待たずに散った花の骸は小さくて、軽くて、はかなくて
俺は冷たくなった彼女のそばでいつまでもいつまでも泣き続けた
涙が枯れ果てるまで
それなのに…
「なんでだろうね」
そっと呟く。まるでそこにいる誰かに語りかけるように。
あの時あんなに後悔したはずなのに…
「今じゃお前の笑顔も思い出せないんだ」
- 358 :前スレ931 :05/02/13 23:14:28 ID:e+kDRYFj
- コンビニの袋を右手に提げ、家路を急いでいた雪乃は吸いこまれるかのような
星空をふと仰いだ。
霞がかった夜空の支配者が放つ、淡く冷たい輝きは和人の目に宿るそれと似ていた。
「にいさん…」
和人に本当の妹がいたことは雪乃も知っていた。
そして彼女の命日まであと少しだということも。
「…私は…にいさんの何なのかな…」
掌に向かって問いかける。
義理の妹
それ以上でもそれ以下でも無い
わかってはいるけれど…
あの地獄から
あの世界の果てから
私を救ってくれたにいさん
私にとって誰よりも大切な人…
例えにいさんの中に私がいないとしても
『優はね…』
亡くなった妹の話をするときのにいさんは、いつも行き場の無い怒りと悲しみをたたえていた
私はそんな姿を見る度、切なさと嫉妬をにじませずにはいられなかった
にいさんの中にはいつも優さんがいる。
どんなに私がにいさんを思っても
想い出の人にはかなわない
「…それでも…」
雪乃はぎゅっと唇を結んだ。
- 359 :前スレ931 :05/02/13 23:18:38 ID:e+kDRYFj
- 帰宅した雪乃は真っ直ぐ和人の部屋を目指した。
「にいさん…起きてますか…?」
そっと部屋の戸を開け、明かりを絞ってベッドに歩み寄る。
大の字になったまま布団もかけずに寝息を立てる和人の様子に、雪乃は小さく微笑みながら
そっと毛布をかけた。と、
「う…あ…」
目を瞑ったままの和人の口からふいに呻きが漏れた。
心なしか息遣いまで荒くなる和人に思わず雪乃が
「にいさ…」
声をかけようとしたとき…
「…ゆ…う…」
「!」
和人が漏らした言葉に、雪乃は体の芯が凍ってゆくような感覚に襲われた。
手に提げていたコンビニの袋が滑り落ち、中からジュースの缶が転がった。
「っ…」
雪乃はその場から逃げるように部屋を出て、扉を閉めた。
頭に浮かんだおそろしい感情が、暗い水のようにゆっくり体に染み渡ってゆくのを感じた。
閉めた扉に背中を預けたまま、力なく座り込む。
「…私は……優さんの代わり…なのかな……」
宵闇に問うても答えはなく。
………私は……何処に………いれば………
白蝋のような頬をひとすじの雫が伝ってこぼれた。
- 360 :前スレ931 :05/02/13 23:25:09 ID:e+kDRYFj
- それから続いた日々は何気ないようで、どこか奇妙に歪んでいた。
勢いよく流れる水がステンレスの流しを叩く。
キッチンで朝食の食器を洗おうと、雪乃はスポンジを手に取った。すると
「雪乃ちゃん。俺がやろうか」
脇から和人が声をかける。
「…いえ、大丈夫ですから…にいさんはゆっくりしてて下さい…」
「そう…」
雪乃にそう言われた和人は手をもてあましながらリビングのソファに腰掛け、窓の外を
ぼうっと眺め始めた。
和人は家にいることが多くなり、その目はいつも何処か遠いところを見ていた。
雪乃はそんな和人の様子を気懸かりに思いながらも、立ち入ることが出来ずにいた
2人の交わす会話も空虚で、形だけのものになってしまっていた。
この時期に毎年繰り返される光景ではあったのだが、幾度経験しても慣れるような
類のものではなかったし、その根幹にある傷が癒えるわけでもなかったから、この雰囲気が打破されることなど永久にないのではないかとさえ思われた。
「よっ、と」
ふいに掛け声をあげて和人はソファから立ち上がった。
「部屋にいるから。なんかあったら呼んでね」
そう短く告げると、さっさとリビングを出て二階へ上がっていった。
自室に戻った和人はベッドの上に身を投げ出した。
「はぁ…」
口を開けばため息ばかりの自分に軽い自己嫌悪を覚えながら、窓の外を見上げる。
空は雲ひとつない、透き通った快晴だ。
そんな美しい青空も今の彼には皮肉そのものだった。
ちらと目を背けた先に、最近変えたばかりのケータイがあった。
和人は上体を起こしてそれを手に取ると、履歴から番号を探して通話ボタンを押した。
- 361 :前スレ931 :05/02/13 23:26:50 ID:e+kDRYFj
- 耳障りな呼び出し音のあと、
『もしもし?』
と声がした。
「よう蓮、ちょっといいか?」
出来るだけ明るく言う。
『どうしたよ、いきなり』
「いやヒマだからさ、今夜カラオケにでも行か…」
『蓮にい、大変!天井まで火がぁー!』
途中まで言いかけた和人の耳に、電話口から聞きなれない嬌声が聞こえた。
『あ、アホっ!また台所焼く気か柚葉!』
それに蓮の声が続く。いつもの何処か醒めた印象とは異なるその様子に
和人は思わず尋ねた。
「誰か…いるのか?」
『ん?ああ、今妹がウチに遊びに来ててな。やかましくて大変だよ』
『あ、やかましいって言ったー!せっかくボクがお世話してあげてるのにーもお!』
『頼んでないっつーに……っと悪い。何だっけ?』
「………………あ…いや。やっぱ何でもない」
『何でもないってお前…』
「お邪魔しちゃったみたいだからねぇ?」
『いやっだから妹だって…』
「あははは。じゃ、頑張れよー」
『頑張れってあ…』
まだ何か言いたげな蓮を尻目に通話を切ると、和人はベッドにごろりと寝転がった。
そしてまだ愛想笑いの抜けきらない顔に、今度は嘲笑を浮かべた。
「何してんだ俺は…」
そっと目をつむる。
瞼に映るのはまたあの白い夢………
- 362 :前スレ931 :05/02/13 23:29:19 ID:e+kDRYFj
- 日も暮れなずむ頃。和人はノックの音で目を覚ました。
「ん〜…何?」
扉を開け雪乃が顔を出す。
「あ…ごめんなさい…起こしちゃいましたか…?」
「いいって。それより、どうしたの」
「…ちょっと駅前まで買い物に行ってきます。7時前には帰りますから、それまで留守番よろしくお願いします…」
「わかった。行ってらっしゃい」
それだけ言うと、和人は寝ぼけ眼をこすりながら再び横になる。
「…あ……にいさん…」
「ん?」
「…あの…」
寝転んだ和人の背中に言葉を投げかけようとする雪乃。しかし
「……………いえ…なんでもありません…」
その言葉は飲み込まれてしまった。
「そう」
和人は振り向きもせずに短く答えた。
雪乃が去った部屋で和人はひとり、窓からの夕焼けを望んだ。
今宵の黄昏を染める紅蓮はいつもより紅く見えた
______________________________________
夕闇が茜色の空を塗りこめてゆく。
駅前の繁華街を離れ、人もまばらな暗い道を雪乃はトートを片手に歩いていた。
「………はぁ」
取り留めのないことばかりを考えては打ち消し、ため息をつく。
どうしても思い浮かべてしまうのは和人のことだった。
- 363 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 23:29:26 ID:MGMBN756
- 超リアルタイム!
- 364 :前スレ931 :05/02/13 23:32:03 ID:e+kDRYFj
- 「(にいさん、辛そうだった…)」
義兄の心を捕らえて離さない呪縛は、今や彼女自身の枷にもなりつつあった。
和人を縛る後悔の念は、雪乃を孤独の迷宮に追いやる。
少女はそこから抜け出すすべを知らなかった。
誰かが悪いわけじゃない
わかっているからこそ、その悲哀には出口がなかった。
そんな雪乃の耳に不意に、みいみいという甲高い鳴き声が聞こえた。
「?」
声は横手に見える公園から発せられているようだった。
雪乃は声に導かれるように公園に入って、その鳴き声の主を探す。
植え込みの中に、果たして主はいた。
小さな三毛猫。
雪乃を見るなりびくりと飛び上がり、まだ小さくかわいらしい牙をむき出しにする。
体全体を震わせて力一杯感情を吹き出すその体に、雪乃は歩み寄って手を触ようとした。
はじめは警戒していた子猫だったが、やがてゆっくり近づいてゆくと雪乃の手に体をこすりつけ、のどをごろごろと鳴らし始めた。
「…きみも…ひとりぼっちなの…」
手に伝わる暖かさが優しくて、雪乃はしばし時を忘れて猫と戯れていた。
しかし
「あっ」
突然子猫はふっと身構えると、きびすを返し植え込みの奥に走り去ってしまった。
雪乃は少し寂しそうに後姿を見送るとゆっくり立ち上がる。
その時だった。
突然後ろに感じた人の気配に、雪乃ははっと振り向いた。
公園の薄暗がりの中、大学生くらいの三人の男が雪乃を取り囲むようにして立っていた。
ひとりは大柄でパーカーをだらしなく着こなしており、別のひとりは赤いキャップをかぶった狡猾そうな小男。
そして真ん中にいるニット帽の男が、にぃと薄笑いを浮かべて声を出した
「ねえ君、ヒマ?」
- 365 :前スレ931 :05/02/13 23:36:00 ID:e+kDRYFj
- 今日はここまでにさせて頂きます
ビミョーに引きを持ってきてみたり…
- 366 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/13 23:39:34 ID:hgitM/xr
- 引くのかよ!?
も、持つ彼さま・・・・。
- 367 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:13:15 ID:GbLxIR1R
- 最後の日まで、あと6日。
当たり前だが、病気は正確ではない。わずかな誤差はあるに決まっている。
早朝、俺は誰もいないリビングで受話器を下ろした。
わずかな誤差。それが何日なのかは分からない。もしかしたら、何週間なのかもしれない。
……ある程度、覚悟はしておかなきゃ、な……。
―――バタン!
頭上、つまり二階から激しい物音がした。
そろそろ春香が目覚める頃だ。俺は苦笑しながらリビングを出た。
階段を上がり、俺の部屋のドアを開ける。
案の定、春香がベッド…………から落ちていた。目が合う。春香はにへっと笑う。
「……おはよう、まこちゃん」
「な、なんだ、まこちゃんって」
「あれ?入院する前はそう呼んでたのになぁ……」
「三年前だろ?そんな昔の話を持ち出すなよ」
「……そっか。もう三年も昔だもんね……」
しゅんとする春香。ああ、なんて俺はバカなんだ。朝からまた失敗してるのか。
「あ、いや、その……いいよ。その呼び方でも」
「え?い、いいの?」
「男に二言はないぞ」
「……じゃあ、ここは間をとってまこちゃんお兄ちゃんって呼ぶことにっ」
「却下」
- 368 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:14:37 ID:GbLxIR1R
- ちなみに俺の部屋に春香がいたのは、別にやらしい行為が行われたからじゃない。
昨夜、俺は春香に自分の部屋で寝ろと言ったのだが、春香はどうしても聞かなかった。
無理もないだろう。入院する前はお兄ちゃん子だったし。
何より、人と一緒に寝るなんてことも久しぶりだったのだから。
「ところで、お兄ちゃん。学校は大丈夫なの?」
朝食のご飯を口に膨らませながら、春香は言った。
「うん、今日は休むよ。さっき電話した」
「ええっ!?」
ご飯粒が飛び、慌てて春香は口の中のものを飲み込んだ。
「え、えとっ……だ、ダメだよ!ちゃんと―――」
「春香」
その先を遮る。
「俺は少しでも春香と一緒にいたい。俺のわがまま、聞いてくれないかな」
「……む〜」
「……」
「……お兄ちゃん、わたしが断れないってこと分かってて言ってるでしょ」
ぷくっ、と頬を膨らませて、春香は怒った表情をみせた。
しかし、俺から見ればそんなものはバレバレで……笑顔を噛み殺しているのが分かった。
やっぱり、本当は嬉しいのだ。
- 369 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:16:13 ID:GbLxIR1R
- とは言ったものの、普段なら学校に行っている時間。
俺はソファに座りながら、ぼーっとテレビを見ていた。
ヒマだ。
「春香ぁ、ヒマだな」
「え?そうかなぁ」
春香は隣で楽しそうにテレビを見ていた。何かのバラエティ番組の再放送だ。
「画面、やっぱり大きいね」
「病室のテレビは小さかったもんな」
「うん。本当に小さくて、すみっこの文字とかぼやけてたんだからっ!」
何故か拳を振り上げる春香。その振り上げた拳に自分自身がよろける。
「お兄ちゃん、退屈なの?」
「春香がいるから少しはマシだけどな」
「じゃあ……どこか行こうよ〜」
甘えるように俺の腕に頬をすりすりさせてくる。ここはひとつからかってやろう。
「……お前、自分の立場を分かってるのか?」
冷たい目つき。春香は明らかに動揺したようだった。
「あ……う……病人、です……」
たまらず吹き出してしまう。
「えっ!?は、春香っ、な、何かおかしなこと言った!?」
「言った言った!はははははっ!」
俺は春香に向き直る。
「お前は俺の妹だよ」
- 370 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:17:42 ID:GbLxIR1R
- 「お兄ちゃん……ほんとに……これで?」
「失礼な。まだまだ現役だっつの」
目の前には、自転車。要するに二人乗り。兄バカ炸裂。でもいいや。
「ふ、二人乗りはっ!」
この病院純粋培養め。頭から湯気を出して否定している。
力強く口を開くたびに、俺が被らせたニット帽のぼんぼんが揺れた。
「みんな普通にしてるって。特にカップルとか」
「かっぷる……」
しまった!ぼんぼんに気を取られた!
「た、例えの話!例えばだよ、た・と・え・ば!」
「かっぷる……わたしと、お兄ちゃんが……」
「と、とにかく行くぞ!乗れ!」
春香はきょとん、と我に帰る。
「ところで、どこに行くの?」
ずっこけた。
- 371 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:19:12 ID:GbLxIR1R
- 「うーみーはひろいーなー、おおきーいーなー♪」
「はあ……ひい……」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……だ、大丈夫。平気……」
さすがに二人乗りで坂道はきつかった。この町は田舎なのだ。
海と山に挟まれ、自宅を出て数十分で海岸もしくは山道に出る。
おまけに川まで縦横無尽に走っているのだ。どんな町やねん。一人愚痴をこぼしてみる。
「つ、着いた……」
俺はペダルを踏むのをやめる。春香はすぐに気づいたようで、あっ、と息を呑んだ。
「すごいね……ここ……」
丘の上だ。町全体が見下ろせる公園になっている。
日没なんかは結構な景色になるため、デートには最適だったりする。
しかし今は平日の昼間。俺たち二人の他には誰もいない。
そもそも俺以外に知っているやつはいないだろう。そんな場所だ。
春香はにへっと笑い、両手を広げて走り出した。
「あははっ♪空があんなに近くにあるよ〜」
「こ、転ぶなよ!」
深呼吸をして息を整える。それから来た道を振り返った。
―――春香には過去を振り返って欲しくない。
思い出の場所へ行けば、必ず両親が生きていた頃の記憶を思い出す。それはダメだ。
俺たち二人にとって悲しい記憶にしかならないのだから。
俺はそれだけは避け、春香の知らないこの丘へ来たのだった。
- 372 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:21:10 ID:GbLxIR1R
- 野原に寝そべり、空を眺める。春香も隣で寝そべっている。
「……のどかだな」
「……うん。いつまでも、こういう時間が続けばいいのにね」
重い一言。
「……」
言えなかった。軽々しく、ああ……、なんて言えなかった。
「あははっ。でも、それは無理なのは分かってます」
春香は立ち上がり、お尻をぱんぱんと払った。白いコートが揺れる。
「だから、今はお兄ちゃんと過ごすこの時間を、大切にしたいと思います」
えへへっ、と笑う。―――春香。お前はいつからそんなに強くなったんだ?
「……そうだな。よっと」
俺は起き上がり、手を伸ばせば届きそうな青空を見上げた。
「大丈夫だよ」
突然、澄んだ声で春香が言った。
「―――ここなら、わたしがお空にのぼっても、すぐに見つけられるから」
言いながら。春香はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
いくつもの雫が、春香の頬を伝い、足元に落ちていく。
「あれ……?なんで、泣いちゃうのかな?ここは笑わなきゃいけないのに……」
「春香」
俺はそっと春香を抱きしめた。なんて小さい背中だろう。
「悲しいから、泣いているんだ」
それが合図だったかのように、春香は―――。
- 373 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 00:22:28 ID:GbLxIR1R
- 「う……うわああぁぁぁぁぁっ!!」
泣き出した。俺の服を硬く握りしめ、叫ぶように嗚咽をもらす。
「やだよ……死にたくないよぉ……!!」
春香の痛みが、鮮烈に突き刺さってくる。自分から両親と自由を奪った、悪魔。
その悪魔は。今度は自分を見つめているのだ。
圧倒的な恐怖。やっぱり、春香は弱かった。誰よりも、誰よりも弱いのだ。いや違う。
誰だって、怖いのだ。
「ずっとお兄ちゃんといたいよぉっ!!ひっく……やだよぉ……!!」
―――現実からは、逃れられない。
ちくしょう!ちくしょう!!どうして、どうしてこんな―――こんなッ―――!!!
春香のすべてを受け止める。いつしか、俺も涙を流していた。
世界はどうしてこんなにも、悲しく、切なく、無情なんだ。
ひたすら泣き続ける俺たちの上を、雲はのんびりと時を刻んでいく―――。
あと、5日。
- 374 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:26:50 ID:i+xKpVrg
- リアルタイムGJ!
- 375 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:28:23 ID:Ae1Ry0W5
- なんだこの同一人物? 的な発想さえ醸し出す神SSラッシュは・・・。
すげーよ。 三神降臨だよ・・・。
- 376 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:29:16 ID:EBRq/pMd
- くそ!だれか俺の目にワイパーを!!
- 377 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:32:12 ID:Ae1Ry0W5
- ____ r っ ________ _ __
| .__ | __| |__ |____ ,____| ,! / | l´ く`ヽ ___| ̄|__ r‐―― ̄└‐――┐
| | | | | __ __ | r┐ ___| |___ r┐ / / | | /\ ヽ冫L_ _ | | ┌─────┐ |
| |_| | _| |_| |_| |_ | | | r┐ r┐ | | | / | | レ'´ / く`ヽ,__| |_| |_ !┘| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|‐┘
| r┐| |___ __|. | | | 二 二 | | |く_/l | | , ‐'´ ∨|__ ___| r‐、 ̄| | ̄ ̄
| |_.| | / ヽ | | | |__| |__| | | | | | | | __ /`〉 / \ │ | |  ̄ ̄|
| | / /\ \. | |└------┘| | | | | |__| | / / / /\ `- 、_ 丿 \| | ̄ ̄
 ̄ ̄ く_/ \ `フ |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | | | |____丿く / <´ / `- 、_// ノ\ `ー―--┐
`´ `‐' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`‐'  ̄ ` `´ `ー' `ー───-′
しないかな・・・・・。
- 378 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:35:11 ID:j8ugAql5
- 何なんだ、この神ラッシュは!!
萌えすぎて死にそうだぞ俺は!
ここで未来ちゃんが降臨したらマジ逝っちまう……。
- 379 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 00:47:51 ID:j8ugAql5
- ……っていうかこれでおしまい?
な、なんてじらす神達なんだ!気になって寝むれやしねぇ…orz
- 380 :雨音は紫音の調べ ◆cXtmHcvU.. :05/02/14 00:50:45 ID:XW2+TTCB
- すごい……
マジで泣けてくる……
- 381 :前スレ921 :05/02/14 01:20:53 ID:TsMlMoJR
- えーと……
神降臨しまくってて非常に言い出し難いのですが、予告通りバレンタインネタSSを書いたのでもう少ししたら貼ろうと思います……
要らないという方いましたら今のうちに貼るなと言ってくだせぇ。
即興なのでかなり読みにくい&纏まりがないんですが……
- 382 :コンズ :05/02/14 01:22:10 ID:D2gHCyk9
- たっ、たまら〜ん!!皆様乙でふ!!
で、次回作わいつのご予定で?
- 383 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 01:28:36 ID:Ae1Ry0W5
- >>381
待ってます。
- 384 :前スレ921 :05/02/14 01:33:33 ID:TsMlMoJR
- 今日最後の授業の終わりを知らせる鐘がなり、教室が騒がしくなる。
毎日学校へ来ていても最後の授業が終わると幸せだ。
だが今日はいつもに増して騒がしい。
バレンタインだ。
女子は女子、男子は男子で期待やら不安を抱いてあちこちでざわついている。
「苦手だ‥‥‥」
誰かに話し掛けるでもなく呟いてしまう。
こういう行事は嫌いではない。だがもう少し静かに出来ないものか……
俺はこういうのはチョコを渡すという行為より雰囲気が大事だと思うのだが……
そして何より騒がしいのが嫌いだ。
こういう時はさっさと帰ろう。
- 385 :前スレ921 :05/02/14 01:36:42 ID:TsMlMoJR
- と、教室を出ようとした。
「広田ー、ちょっといいか?」
早く帰りたい時に限って教師にひっかかるのだ……
やはりこういうのは苦手だ……
――――――――――――
結構長いですが、携帯からのカキコなので勘弁して下さい
- 386 :前スレ921 :05/02/14 01:39:22 ID:TsMlMoJR
- 「やっと終わった……」
やっとの思いで学校を出た人気のない帰り道、ついつい呟いてしまう。
仕方ないだろう。苦手な騒がしい空間に居て、更に教師に呼び出されたのだから。
教師の用件は『妹が学校に来ていないがどうしたのか』だった。
なぜ妹は学校を休んだのだろう。
朝は元気だった。第一学校をサボるような性格ではない。
考えている間に段々不安になってきた……
事故にでも遇ったのだろうか?
そうこう考えている間に小走りに、そしていつしか走っていた。
家に着き、玄関を開ける。と
- 387 :前スレ921 :05/02/14 01:42:43 ID:TsMlMoJR
- 「おかえりなさぁ〜い♪お兄ちゃん♥」
「…………」
玄関には妹が立っている。
いつもと変わった様子は見られない。寧ろいつもよりも元気に見えるのは俺の気のせいだろうか……
「帰ってきたらただいま。だよー??」
「……あぁ、ただいま。」
「おかえりなさーい♥」
家に入り、居間へと向かいながらもう一度妹を見てみた。
「さっきから真剣な顔してどうしたのぉ??」
やはり至って普通。
もしかして学校で何かあったのだろうか。それで学校を休んだのだろうか……
- 388 :前スレ921 :05/02/14 01:46:26 ID:TsMlMoJR
- 考えている内に居間に着き、俺は椅子に座り、妹はパタパタ小走りで台所へ向かって行く。
直接聞くのが一番早いだろう。
「なぁ……零(れい)……」
妹が二人分のココアを作って運んできた。
「なぁに?はい、ココアだよー」
零はココアを口に運び、この上なく幸せそうな顔をしている。
「零、何で今日学校休んだんだ?」
「へっ!?」
零の表情が急変、どう見ても『驚いた』表情だ。
表情だけではなく、ココアの入ったカップまで落としそうになっている。
「え、えーと……それは……そのぅ……」
- 389 :前スレ921 :05/02/14 01:49:06 ID:TsMlMoJR
- あからさまに動揺している。やはり学校で何かあったのだろうか……
「どうした?学校で何か行きたくないようなコトがあったのか?まさかいじめにあったのか?」
「そんなコトないよ!みんな優しいし、学校も楽しいよ!!」
必死に否定している表情を見る限り、嘘を言っているようには見えない。
「じゃあなんで休んだんだ?」
「……それは……その……」
「朝元気だったのに学校に来てないから俺がどれだけ心配したと思ってるんだ?学校で何かあったんじゃないか、登校中に事故にでも遇ったのかと思った……」
- 390 :前スレ921 :05/02/14 01:52:40 ID:TsMlMoJR
- やっと落ち着き、今まで不安に思っていたた事が一気に言葉として紡がれる。
「うぅ……ごめんなさい……」
「なんで言わなかったんだ?俺がサボるななんて言う性格じゃないのは知ってるだろう…」
「うん……でも……」
零はそこまで言って俯いてしまった。
‥‥‥
気まずい沈黙……
少し言い過ぎたかもしれない…
「……まぁ、零ももう高校生だし、言いたくない事もあるだろう。理由が言いたくなければ言わなくてもいい。ただ、休む事くらいは言ってくれ。な?」
「……うん」
- 391 :前スレ921 :05/02/14 01:55:11 ID:TsMlMoJR
- いつかは妹も兄から離れていく……わかってはいるが悲しいものだ……
俺は一気にココアを飲み干し自室へ戻ろうと椅子から離れた。
「……でも……」
「ん?」
「高校生だからじゃない……今日だから言いたくなかったんだよ……っ」
俯いたまま、小声だが、はっきりと言い切った。
「え?」
突然で話が読めない……何が言いたいんだ?
「お兄ちゃんに……チョコ……作ってたの……」
「………なんで?」
「へ?……今日は…その……バレン…タイン…だから……」
「……あ」
……忘れてた……零の心配をしててすっかり忘れてた……
- 392 :前スレ921 :05/02/14 01:59:21 ID:TsMlMoJR
- 「じゃあ……今日休んだのって……俺のために……?」
「そうだよ…」
俺は立ったまま固まってしまった。
なんて事だ…零は俺の為に休んだのに、あんな事を……
「ごめん……あんな事言って……」
「ううん!!言わなかった私が悪いから。でも、お兄ちゃんが心配してくれて嬉しかった♥」
「はい。チョコだよ!!お兄ちゃん♥」
「あ、ありがとう」
ラッピングも零がしたのか、少し粗がある。
「うぅ〜……やっぱり恥ずかしいよぅ〜……」
「開けていいか?」
- 393 :前スレ921 :05/02/14 02:03:08 ID:TsMlMoJR
- と言うのは社交事例で既に開け始めた俺に慌てて零が止めに入ろうとする。
が、伊達に長年兄をやっているわけではない。
「ぇ!?ちょっ!は、恥ずかしいから部屋に戻ってからにしてよ!!」
包装を開ける俺を阻止すべく繰り出される零の手をことごとくかわしながら手早く包装を開けてチョコを一つ口に放り込む。
「うぅ〜…お兄ちゃんのいぢわるぅ〜……」
ちょっと涙目になりながら文句を言ってくる零を無視しつつチョコを味わう。
「うまい!!」
「えっ!?ホントっっ!?」
「本当だ。ありがとうな。零」
- 394 :前スレ921 :05/02/14 02:07:58 ID:TsMlMoJR
- 形は少し崩れているものの、味は確かにうまい。少し甘めで、ココアと一緒に持ってきていたから程よく柔らかい。
何より零がわざわざ学校を休んでまで作ってくれたのが嬉しかった―――
「ううんー!お兄ちゃんが喜んでくれたら零も頑張った甲斐があったよ♪これからもよろしくね♪」
「大好きだよ♥お兄ちゃん♥」
――――――――――――
一応これで終わりです。
俺のヘタレSSでスレ消費してしまって申し訳ないorz
広田は苗字でござい。
妹→零
兄→名無し
ネーミングセンスの悪さは俺の才能がないせいです。
- 395 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 02:12:02 ID:j8ugAql5
- ………プツン
今日は神祭りだーーー!!あひゃひゃひゃ!!!(萌えすぎて暴走w)
- 396 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 02:16:51 ID:ti9Pmvyo
- リアルで乙
- 397 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 02:18:24 ID:Ae1Ry0W5
- このラッシュは・・・なんだ!? このスレに一体なにが起きているんだ!?
超乙可憐!
- 398 :遊星より愛を込めて ◆isG/JvRidQ :05/02/14 16:34:54 ID:H9dKM/oJ
- すげぇよ……。
このスレ、すげぇよ……。
つーことで、今年のバレンタインはお休みさせてもらいますです。
俺の軽くて薄っぺらな台本を貼る勇気はマジでありません。
- 399 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 17:23:56 ID:Ae1Ry0W5
- 僕なんてフォルダごと削除しようかと思いましたよ・・。 ('A`)
や、割と本気で。 ・・・・やるか?
- 400 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:43:22 ID:4S6cmlZI
- 最後の日まで、あと5日。
……月も眠る真夜中に、俺はぼんやりと天井を見つめ続けていた。
右隣から、春香の規則正しい寝息が聞こえる。時計の短針はすでに三時を指していた。
…………どうすればいい。
俺は38回目の自問自答を繰り返す。
逃げることの出来ない死。それは不確かで、しかし確実に迫ってきている。
「くそっ……」
38回目の愚痴をこぼす。止めることは出来ない。止めようとも思わなかった。
「春香……」
俺は顔を傾ける。春香は頬にくっきりと涙の痕を残し、静かに眠っていた。
いつか、この呼吸が止まる日が来る。
―――その時まで、俺はどうすればいいんだ?
俺は39回目の自問自答をすると同時に、39回目の愚痴をこぼした。
……40回目は無かった。
- 401 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:44:31 ID:4S6cmlZI
- 夜が明けた。
カーテンの隙間から差し込む光が、俺の顔を照らした。ゆっくりと瞼を開ける。
「……はあ」
結局、疲労困憊で眠りに落ちたのが午前四時だ。おそらくはクマが出来ていることだろう。
今は七時だから、三時間しか寝ていないことになる。
ダメだ。やる気が出ない。
全身から力が抜けていくような感覚。俺は完全な無気力状態に陥っていた。
「……休もうかな」
ぽつりと呟き、春香の髪を撫でる。春香は、んっ、と小さな声をもらし、その頬を緩ませた。
やっぱり、俺には迷うことしか出来ない。春香を助けようとあがいて、余計に苦しんでいる。
ならばいっそのこと、春香を見捨てるか?
そんなこと出来るわけが無い。
ああ。そうなんだ。
俺に何か出来るわけが無いんだ―――。
俺は……何も……出来ない……。
「ちくしょう……」
- 402 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:46:10 ID:4S6cmlZI
- 「…………」
「…………」
気まずい朝食。テーブルを挟んでお互い向かい合ったまま、黙々と食べ続けていた。
春香は寝ぼけ眼でベーコンエッグを口に運んでいる。
そういえば春香はオムライスが好きだったっけ。
小さいころ、まだ両親が生きていたころ。春香は母さんのオムライスが大好きだった。
それはとても甘くて、美味しくて。それなのに栄養もきちんと考えてあって。
当時、俺はオムライスがあまり好きではなかった。理由は今でも分からない。
そのせいか、夕食がオムライスになるたびに、ことあるごとに春香に不満をぶつけていた。
春香にとってみればいい迷惑だろう。
いつの間にかオムライス=春香という図式が成り立っていたのだから。
そうだ。
オムライスを作ろう。
母さんのように美味しくは作れないかもしれないけれど。
違う。
ここだ。
母さんのように……美味しいオムライスを作ってみせよう。
「いいや……作ってやる」
勇気の使いどころは、ここなんだ。
「……え?」
春香は目を丸くして、俺の顔をしげしげと見つめた。
- 403 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:47:18 ID:4S6cmlZI
- 「……よし!」
完成したオムライスを前に、俺は一人ガッツポーズをした。
我ながらよく作れたと思う。味こそそっくり同じとは言わないものの、かなり美味しいはずだ。
そろそろ昼食の時間だ。俺はリビングのドアを開けた。
「はる―――か?」
いない。さっきまでは、ここでテレビを見ていたはずなのに。
しばらく室内を見回したあと、ふとテーブルの上に何かが置かれているのを見つけた。
書置きだった。
お兄ちゃんへ。ちょっと出かけてきます。お昼ご飯には帰ってきます。
春香より。
「……もう一時だよな」
俺は時計を見上げた。針は言葉通りの時刻を示している。
「行きますかね」
エプロンを投げ捨て、自転車の鍵を取った。
- 404 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:48:32 ID:4S6cmlZI
- 「―――ここにいたのか、春香」
俺の声に驚いた春香は、びくっ、と体を震わせて振り向いた。
辺りは緑一色。遠くを見ると、緑と青の境界線が伸びていた。
あの堤防だ。
「お兄ちゃん……」
春香はためらいながらも呟き、すぐに俺から目をそらした。
俺はずかずかと春香に歩み寄る。そのまま、わざと大きな動作で手を振り上げた。
「っ!?」
叩かれると思ったのだろう。春香は思わず反射的に肩を縮めた。
「これなんだ?」
想像していた衝撃は現れず、春香の顔が恐る恐る上がっていく。
そして、俺の手に掴まれていた弁当箱を見つける。
「……お弁当箱」
「うーん、ちょっと惜しいな」
がしっ。
「きゃっ!」
頭上に気をとられ、お留守になっていた春香の片手を掴む。
「お、お兄ちゃん?」
「さて、ここでヒント。春香の大好きな食べ物といえば。なんでしょう?」
「は、春香の大好きな……たべ……」
ようやく意図が分かったのだろう。春香はすぐに目の色を変えた。そして予想外の行動。
春香は片手を掴まれたまま、もう片方の手で弁当箱を奪おうと身を乗り出した。
当然、バランスは崩れて―――。
- 405 :名無しくん、、、好きです。。。 :05/02/14 20:49:32 ID:i+xKpVrg
- またも
リ ア ル タ イ ム !
- 406 :海中時計 ◆xRzLN.WsAA :05/02/14 20:49:56 ID:4S6cmlZI
- 「おわっ!」「わわっ!」
悲鳴は見事にハモり、ふたりはもつれ合い、緩やかな堤防をごろごろと転げ落ちていた。
「あぐ、あぐ、あぐ、あぐ……」
衝撃が背中を殴りつける。どうして俺が下のときに段差が来るのだろう?
どすん。
「あぐっ……」
止まった。同じく止まりかけた呼吸を必死で立て直し、目を開けた。
真っ暗だ。……何やら柔らかい感触。―――まさか。
「……あ……」
春香のか細い声。くい、と顔を上げると、春香の真っ赤な顔が目の前を覆っていた。
「春香……ちゃん?あの、もしかして……もしかしなくても……」
「お、おおお、お兄ちゃんのエッチ!!」
ものすごい勢いで飛び跳ねる。しかもちゃっかりと弁当箱を奪っている。
「は、春香の胸に飛びついてくるなんてっ!ばかっ!エッチ!!」
「おいっ!?誰が飛びついたんだよ、誰が!?」
「お兄ちゃんが飛びついてきましたっ!ちょっと嬉しかったんだか―――あ」
「……ほほう」
ぼん、と春香の顔が真っ赤に染まった。
「ち、違うのっ!あの……その……」
「ありがとう」
「……え?」
俺は春香のポケットの包みを指差す。
「チョコだろ、それ?俺のために買ってきてくれたから、こんなに遅くなったんだよな」
「あ…………」
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