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夏目房之介さんスレッドver.3
- 335 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 00:42
- 323はいつもひとりでがんばっているね。
でもみんなに相手にされないでヒステリーおこしてるね。
君、なんだか滑稽だよ。
そうやってかきまわしているのがとても哀れに思えるよ。
君が夏目氏を論破するつもりで書きこんでよ。
君と夏目氏の対話を読みたいよ。
- 336 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 00:51
- 創作論っていうのはある程度実績がある人が語るのでなくては説得力がない。
こればっかりは名が通ってる、通ってないは重要でしょう<324
いち漫画書きさんが匿名で書いてその素性を隠している以上、たとえ実際はすごい売れっ子の作家さんだったとしても、
>>323みたいな揶揄が出るのは致し方ないと思います。
ま、べつに323を擁護するつもりはないんですけど。
ああ、でも煽りを煽り返すようなマネはよしませんか。それもまた見てて心苦しいので。
- 337 :門前の小僧 :2000/10/11(水) 01:17
- >325 せっかく「夜話」関係のネタをふっていただいたので。
どっちも、取り上げてみたらおもしろいと思います。
どのような種類の漫画であれ、漫画という形態をとった作品であるのなら、
取り上げて論じることで、新しい何かが発見できる可能性があるから。
>328 でも、おもしろくするための努力なら最大限惜しまずにできますよね?
どんな料理でも、他人さまに食べてもらえるレベルに仕上げるのが最低限
お客さんに対する礼儀であって、それをお客さんがどのように楽しむかは、
もうそれぞれの感性にお任せしてもよいのではないでしょうか。
和食や洋食、中華、それぞれの国によって料理の材料や味は違う。
でも、色々な味があったほうが楽しい。時には、どぎつい料理があるのも、
それはそれで国や地域の特色の反映だから、食べなくても、そういう料理
があるという情報だけ、どこかにとどめておけばよいこと。
そして、誰もがすべての料理を好むとは限らない。
ひとりひとりの嗜好や習慣は違うから、それによって好きになる料理は違うし、
受け付けられない料理だってあるはず。
自分の良いところというのは、自分ではなかなか見えないもの。
なるべく遠慮のいらない知人に(年代や好みがバラバラな)作品の印象を
聞いてみると、けっこう思ってもいなかった面を発見することができるのでは
ないでしょうか。
- 338 :門前の小僧 :2000/10/11(水) 01:25
- ついでに横レスします。
私は325さんではありませんが、水面下でスレッドを進行させるのも、
面白いレスが続けば、十分楽しいと思います。
確かに、このスレッドの話題がタイトルである「夏目房之助さん」からは
逸脱する傾向があることは確かですし、そうなった場合、他のスレッドで
楽しんでいらっしゃる漫画板の方々の気分を害するよりは、sage進行でも
よいのではないでしょうか。
本音を言ってしまえば、月末の「夜話」の前後、このスレッドがどんな
盛り上がりを見せるのかが今一番の楽しみなので、それまでこのスレッドを続行
できるのなら、ageでもsageでもどちらでもよいと思います。
325さん、勝手にレスしてしまってすみませんでした。
夏目さ〜ん、気をつけていってらっしゃ〜い。
あちらの貴重なお話、期待していま〜す。
- 339 :どわ :2000/10/11(水) 02:02
- 門前の小僧さん、助言、ありがとうございます。
さて、気を取り直して漫画の話をするか!
>>325
完成度の高い秀作と、面白い駄作のどちらも当てはまる作品があります。
サンデーで連載されていた「GS美神」。作者の椎名高志さんは、毎週完成度の高い
ギャグ漫画を描かれていました。しかしシリーズの終盤、ルシオラという敵の脇役に
過ぎないキャラクターが暴走し、主役の影が薄くなってしまう始末。
コミックスで読み返すと、ルシオラが暴走している辺りは、あまり面白くない。
ですが連載中は、ルシオラがどうなったのかサンデー発売日が待ち遠しかった。
連載が終わって一番印象に残っているのも、展開が暴走していたところ。
マンガは、作品としての面白さ(コミックス)と連載の面白さは違うんだという一例。
「GS美神」、マンガ夜話でやってくんないかなぁ…。
(↑結局、これが言いたかった)
- 340 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 03:12
- >339 どわさん。
「完成度の高い秀作と、面白い駄作」はなかなか面白い表現ですね。
「作品としての面白さ(コミックス)と連載の面白さは違う」
ってことはよくありますね。
ってことは、連載と単行本の売れ方も違っていいし、出版側もそういう戦略を、
短期、中期、長期的に立てることも可能で、そこに書き下ろしって可能性を考えると面白いんだけど、
書き下ろしは実際描いてる間の収入をどうするかって問題があるな。
最近では志郎正宗が唯一の成功例でしょうか。
小池一夫の「キャラ立ち」論は、
70年代劇画成長期の現場的に有効な発想だったと思います。
以後、市場分化とともに創作法が複雑になり、
小池自身もキャラの内面とか、物語の必然とか、
主張の中身を変えていったように思います。
ですから最近の「小池一夫の漫画学」(小池書房)などは、
当初のようなシンプルさはない。
事情はよくわからんが、一応「sage」と入れてみました。
- 341 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 03:25
- >322>▽< さん。
「ヒッチコックやワイルダーのように脚本をきっちり組み上げれば、
それで映画の大半は出来たようなもの、という人もいますね。」
そうそう、何かハリウッドにしても欧米の文学にしても、
きちんと全部組上げる構築型が多く、その凄さってある気がするんですよ。
でも、日本の場合、永井豪とか、アニメですら宮崎さんみたいに、
「行き当たりばったり暴走型」が多い気がする。
欧米だと絵画芸術系の流れみたいな気もしますが、
なんか職人気質とかの違いかなぁとも思います。
と、面白い話題もあるのに、
ドイツ出張(16〜23日)と夜話で、
時間がない。
18日にケルン日本文化会館で講演「日本マンガはなぜ世界の若者に受けるのか」
21日にフランクフルト・ブックメッセでディスカッションに参加します。
お近くにおよりの方はぜひ。
なんつってね。
- 342 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/11(水) 03:39
- 夏目がわしの弟子やったらパンパンやな。
- 343 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 04:05
- 夏目さん、遠慮せずにageて結構ですよ(^^;
- 344 :優馬 :2000/10/11(水) 04:08
- >>341
>18日にケルン日本文化会館で講演「日本マンガはなぜ世界の若者に受けるのか」
>21日にフランクフルト・ブックメッセでディスカッションに参加します。
夏目さん、頑張って「マンガ」を世界に広めてきてください!
とても意義のあるお仕事だと思います。
(国際交流基金のお仕事が多いようですね?)
- 345 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 08:11
- どうしてレベルの低い煽り荒らしにまともに反応するんですかね、ここの人は
見ていてはらはらしますですよ
- 346 :門前の小僧 :2000/10/11(水) 08:34
- グーテンモーゲン、皆様。夏目さん。
>341
行けるかぁ〜、と暴れたいところですが、海外の公演までちゃっかり宣伝する
夏目さんに1000点。もう負け。
日本国内の公演だったら、飛んでいくのになあ。
昨年、夏目漱石の「坊っちゃん」を授業で読みました。
そのとき、「坊っちゃん」は新聞の連載小説だったので、この話はまとめて読む
のもよいが、当時、新聞にどのように掲載されていたのかを実際に読んでみて、
これを当時の若者たちがどう読んだのか、というところまで検証していくと
近代の江戸から東京への変遷がほの見えておもしろい、という先生の話が
ありまして。
このテーマに関する研究発表が、今年か来年の初めには出ます。
「連載」と「夏目」つながり、ということで。
こういう話題だったら、スレッドの大枠からは、あまり離れませんよね?
夏目さんがドイツの風邪に好かれませんように。
>345
みなさん真面目な方がおおいのでは。(○´`○
- 347 :門前の小僧 :2000/10/11(水) 08:45
- >342
西洋と東洋というのは永遠のテーマという感じがしますが、
私は一度、ドイツの靴と日本の靴の作りの違いに悩んでいたことがあります。
前者は、精密な理論と職人の仕事によって、足の生理にあった靴を作っている。
後者は、昔から突っかけるタイプの「履き物」が多い。
これはどういうことなのか、ドイツで生まれた理論がどうして日本では生まれ
なかったのか、ある人に聞いてみると、
「ドイツでは、整った理論で現実を矯正していこうとする理性のはたらきがあり、
日本では、硬直した理論よりも現実一つ一つを受け入れていこうとする感性の
はたらきがある。そういった違いが、靴に反映されている可能性がある。」
と示唆されました。
最近、うちの父とも話し合ったのですが、ヨーロッパ諸国は、国土が広く、
もともとは多民族が覇権をあらそっていた、という歴史があります。
その上、気候は荒い。食べ物はなかなか収穫できない。
こういう状況下だったら、そりゃ個人主義が発達するわけだわねえ、個人が
厳しく雄々しくなければ生きられないわぁ、という結論に達しました。
こういったバックボーンも含めて考えると、漫画ひとつにしても様々な可能性が
あるのではないか、とも思います。
- 348 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 11:10
- >347 名前:門前の小僧 さん。
面白い話題だなぁ。つい書き込んじゃうじゃないか。
あのね、ドイツの手塚研究者など複数の証言。
ドイツでは、十数年前までオーディオ製品にも絵がついてなかった。
今でも、インスタント食品に絵の解説はない。
理由は、絵は子供っぽいから。
でも、19世紀までマンガはけっこうあったらしく、
絵本もコマのような時間経過や言葉を入れる箱が描かれてる。
僕は絵と言葉が分離された傾向が強いのと、
どこかで絵への偏見が強まった(恐らく近代国家成立後)のだろうと思ってます。
ドイツとイタリアは近代国家になったのは日本と同じ時期だしね。
それとプロテスタント(神の言葉と個人の直接契約)、
印刷技術(グーテンベルグ)すなわち聖書。
このへんの話を誰かに聞いてこよう。
- 349 :>▽< :2000/10/11(水) 11:15
- >.341
>でも、日本の場合、永井豪とか、アニメですら宮崎さんみたいに、
>「行き当たりばったり暴走型」が多い気がする。
「デビルマン」も「ナウシカ」もどこか個人の才能を超越した凄みを感じます。(永井、宮崎両氏はもちろん天才ですけど)
よく漫画家の方々が「キャラが勝手に動き出す」といった表現をされますね。
神憑かりと言うのはオーバーでしょうけど、そんな感じ。
小松左京氏が「連載はライブだ」と「虚無回廊2」の後書き対談で語っていましたが、
読者からの反響がフィードバックして、自分でも制御出来ないブースターがかかったりするのでしょう。
時代を象徴する傑作って、そういう風に生まれるのかもしれません。
- 350 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 11:17
- 思い出した。
司馬遼太郎が「西洋の小説は教会建築のように構築的だが、
日本のそれはお寺の建物のように横につながって展開する」
といったようなことをいってましたね。
それと、西洋が飢饉で人口の半分を失うような事態から開放されるのは、
16世紀のジャガイモ輸入からってのも、どっかで読んだ。
西洋が東洋に圧倒的な差をつけるのは17世紀以降、
つまり産業革命後。
自覚するのは、18世紀頃だそうで、
アジアという意識は、西洋の衝撃でできたものだとも教わった。
あんまり関係ないな。
- 351 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 11:26
- >349 >▽< 投稿日さん。
おっしゃるとおりですね。憑依型という僕のいい方は、
時代感性を語る巫女って意味を含みます。
でも、
>読者からの反響がフィードバックして、
という要素もあるでしょうが、それだけじゃないです。
もの書きは「神」なので、創造した者が客体ではなく、
主体として見える位置にいるんですね。
僕自身のつたない経験でいっても、
人物が勝手に性格をもって、
勝手にエピソードを教えてくれる(ように見える)瞬間がありました。
(昔ストーリーマンガも描いてたので)
でも、憑依状態になったのは、
「手塚治虫はどこにいる」が初めてだった。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
- 352 :>▽< :2000/10/11(水) 11:37
- >憑依状態
そういう創作理論として体系化しづらい「何か」を、評論という形で捉える事ができるか、すごく興味が在ります。
>喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
「手塚治虫はどこにいる」がそうして生まれたのは、読者としてはもちろん慶賀すべきことです。
ドイツと言うのは児童文化が、絵本にせよ教育論にせよしっかりしているという印象を受けます。
絵本なんて、児童の情操を育むものとして、それこそしっかり理論化されているような。
326氏や「たれぱんだ」のブームなんて。あちらからすると、幼児化としか見えないのかもしれません。
- 353 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 11:51
- 鳥山明クラスの漫画家なら書き下ろしも可能ではないか?
・すでにヒット作も出しており経済的な問題はなさそうであること。
・雑誌連載では人気が高くて連載を終わらせてもらえないという
不自由さを感じていたのではないかということ。
・知名度の点からも書き下ろし作品の宣伝販売に有利であること。
出版社が水さえ引けば、書き下ろし作品が育つ土壌ぐらいは整っていると思うのだが。
士郎正宗の場合は結果的に成功した例で、他の出版社が追従するにはリスクが大きい。
書き下ろし作品の発表という形態をとらざるえなかったのは
・デビュー時の作品群(アップルシードなど)を執筆中は士郎正宗は教師をしており
連載ペースでの執筆が不可能であったこと。
・出版元の青心社が定期的に作品を発表できる雑誌を有していなかったこと。
ここに士郎正宗の作風である情報量の過密度などが書き下ろしに適していたことが
あわさった結果としての成功といえる。
皮肉なことに士郎正宗が現在の位置を確立できたのは、
映像化やメジャー誌への進出であってデビュー時の書き下ろし作品群ではない。
<340 夏目房之介氏
×志郎正宗 → ○士郎正宗(作者名間違っちゃいかんです。一応)
- 354 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 12:11
- 憑依状態って連載向きだったりするんでしょうか?
私のなかでは宮崎駿は西洋的な構築をするととらえてたんですが
これは思い浮かべる代表作が
「ラピュタ」や「カリオストロの城」なのが原因ですね、
これらは映画向けに書き下ろされた作品なので構築的だと思います。
くらべてアニメージュ誌に連載された漫画「ナウシカ」は
展開のエスカレート度など憑依型の作品なように思います。
構築型では完成形をめざして何度も試行錯誤をくりかえさねばならず
連載としては描きにくいのかも。
- 355 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 12:36
- そういうわけでもないよ。
- 356 :>▽< :2000/10/11(水) 12:38
- 宮崎監督は、結末を決めずに、製作中も絵コンテを書き続ける事で有名ですね。
- 357 :354 :2000/10/11(水) 13:30
- >356 >▽< さんへ
あ、そうなんですかそれは知りませんでした。
伏線のはり具合とか無駄なシーンの少なさが構築的かなと感じたんですが
(特にカリオストロの城とか)
結末決めずにあんな作品になるのはすごいですね。
構築というよりキャリアからくる職人芸といった方が近いのかな
- 358 :354 :2000/10/11(水) 14:27
- すみませんちょっと話そらしちゃいましたね。
連載マンガって読者が間をとばして読んじゃったりした時に
ストーリーのつじつまが追えなくなって
構築型マンガの骨格や魅力が分からなかったりしないかなと。
(例を出すとアームズとかゴルゴ13などは連載では読みにくい。)
それよりは憑依型のようにキャラを追って読めるマンガの方が
連載に向くのではと思ったのですが?
- 359 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 15:47
- >でも、憑依状態になったのは、
>「手塚治虫はどこにいる」が初めてだった。
>喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
それって「マンガ評論こそ天職」ってことじゃありませんか?
断固、喜ぶべきことだと思う。
- 360 :ああっ名無しさまっ :2000/10/11(水) 16:04
- こまかい話で恐縮です。
宮崎監督がコンテを仕上げないまま制作に
突入してしまったのって「もののけ姫」ぐらいだった気が・・・
むしろ絵コンテの段階で映画全体のイメージを完成させてしまうほど
煮詰めた準備を施すのが従来のスタイルで、そのあたりが他の作家と
違う宮崎駿たる所以じゃないかと。
だから私は宮崎氏が「暴走型」ってイメージはあまりないです。
でも漫画のナウシカは明らかに暴走してますね。
本質的にはそっちなのかな?
- 361 :0衛門 :2000/10/11(水) 16:35
- >でも、憑依状態になったのは、
>「手塚治虫はどこにいる」が初めてだった。
創作者としては良いが評論者としては欠点です。
客観的な視点ではなく自説や創作活動に入り込んだ状態が評論に適しているとは思えません。
それだけ夏目房之介の中に手塚治虫という存在が内包されていたと考えるべきでしょう。
- 362 :どわ :2000/10/11(水) 16:50
- 感性(直感、あるいは感情?)は、理性に比べて持続力は無いけれど、瞬発力があり、
連鎖を引き起こしやすい。
作者の経験やアイディアの断片が、インパクトのあるシーンの連続として組み上がる。
「キャラが勝手に動く」というのは、このような状態を言うのではないだろうか。
- 363 :どわ :2000/10/11(水) 17:32
- >>348
>僕は絵と言葉が分離された傾向が強いのと、
>どこかで絵への偏見が強まった(恐らく近代国家成立後)のだろうと思ってます。
理性や科学など、理性によって繁栄と進歩を勝ち取ったという自覚が、
あいまいな感性を嫌ったのではないだろうか。
人の感性に働き掛けるものの内、比較的理性で解体しやすい美などは、芸術として生活の場から
切り離し、働きが複雑で理性によって説明しにくい娯楽を、価値の低い物とする。
そんな動きがあったのではないかと想像するが、まったく自信なし(^-^;
- 364 :どわ :2000/10/11(水) 17:35
- >>363
訂正
× 理性や科学など、理性によって
○ 技術や科学など、理性によって
- 365 :無名選手@投げたらアカん! :2000/10/11(水) 19:34
- ここら辺の話は、構造か展開か、ということに集約できると思うんだけど、
西洋、東洋の話を続けると、
文字がタテかヨコかってのは関係あるんじゃないかな?
ヨコ書きってのは、イメージとしてはズンズン掘り下げていく感じ。
重力を感じざるを得ない。
ところが縦書きってのは巻物であって、
それはユークリッドの言う「線」の概念と同じく、
永遠に延長できる、かのような遊離感がある。
江戸初期、関孝和の和算が当時の世界の数学で最高レベルだったのに、
その後、ヨーロッパにあっけなく抜かれたのは、
表現方法に問題があったから、という話を聞いたことがある。
関係ない例かもしれないけどね。
- 366 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 19:41
- なんか軽く書いた「喜ぶべきか悲しむべきか」に、
暖かいフォローをいただき、恐縮です。
むろん、本人は喜んでますがね。
でも、評論に向かないとは思わない。
多分、そのときの「憑依」という比喩をきちんと説明しないと、
誤解を生むんでしょう。
宮崎さんは、次第にシナリオなしの手法になったようですね。
「もののけ」メイキング(本編より面白い)見ると、
従来の、とくに米国の映画作りからは考えられない作り方。
あれ、むしろ欧米だと実験映画なんかの手法みたい。
>363 どわ さん。
多分、そういうことでしょうね。
それと、欧米では子どもと大人の違いが歴然としてて、
中間項がない感じがします。
東アジアではこのへんすごく曖昧なグラデーションで、
恐らく近代以前の人間観と、アジア的成長観ではないかと。
- 367 :夏目房之介 :2000/10/11(水) 19:47
- >365 名前: 無名選手@投げたらアカん!さん。
面白い議論です。
でも、縦書きは中国の天からくる、絶対権力的な重力だと思うけどね。
漢字を統一した秦の始皇帝の文字をみると、
あれはのちの日本文化とは違う、むしろ西欧的な絶対性を感じます。
巻き物については、これまた色々あって、
西欧のタペストリーも絵巻物に近い展開があるが、
あああ、時間がない。
割愛。
- 368 :どわ :2000/10/11(水) 20:22
- >>366
狩猟民族にとって重要な地位を持つのは、戦いに勝つ強い戦士である。
農耕民族にとっては、治水の知識をもつ人間。知識を蓄えた老人ということになる。
精強な戦士と年老いた学者。
この違いが、おおざっぱに言えば、欧米とアジアの成長観の違いになっている。…んだろう。
- 369 :どわ :2000/10/11(水) 22:05
- >>368
自己レス
欧米では、成人すると一人前の大人であることを求められる。
立派な大人ってやつは、芸術を見ても理屈をこねなければならないし、マンガなんて
低俗な物は見てはいけない。
しかしアジアには、半人前とか若僧って考え方がある。
20過ぎてもマンガの読める日本に生まれて良かった!
- 370 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 00:33
- 書き下ろしというと,「飛べ,イサミ!」のコミックスの例がありますね.
月一冊の単行本を,10ヶ月定期的に刊行していました.
アニメの漫画化であること,漫画についてのノウハウが乏しいNHK出版だからできたことだと思いますが
- 371 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 00:41
- 宮崎さんは,構築型じゃないんじゃないかな.
後からストーリー考えてみると,結構ひっかかりがあったりしますけども.
その場その場は鮮明に覚えているんだけど,流れとして考えると訳が分からない
- 372 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 00:52
- 日本がアドリブ型みたいなのが目立つのは週間漫画誌という形態が
あるからじゃないでしょうか。
もちろん週刊体制でもきっちり構築してから描く漫画家もいるけど。
だから例えば月刊ペースで描いてる漫画家だけで比較すると
構築型とアドリブ型の2系統が混在してますよ。私の知る限りですが。
北欧型とかアジア型という比較文化論説は面白いけど、漫画出版の
ローテーションに一番の違いがあるのではないでしょうか。
あ、アメコミはちょっとまた別の話です。
これは著作上の権利を含め作業行程に日本とは大きな違いがあるから。
- 373 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 00:58
- >>372
確かに作業工程が違うというのはありますが.
では,どうして週刊漫画誌が日本にだけ存在するのか.
しかも月刊漫画誌を上回る人気を得ている.
個人的には,日本人は気が散りやすいので,描き手も読み手も
じっくりと構築された世界は苦手なのではないか.週刊ペース
の漫画が体質的に向いているのではないのか,と思いますが.
ちなみにこれも思いつき
- 374 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 01:02
- >>372
確かに作業工程が違うというのはありますが.
では,どうして週刊漫画誌が日本にだけ存在するのか.
しかも月刊漫画誌を上回る人気を得ている.
個人的には,日本人は気が散りやすいので,描き手も読み手も
じっくりと構築された世界は苦手なのではないか.週刊ペース
の漫画が体質的に向いているのではないのか,と思いますが.
ちなみにこれも思いつき
- 375 :門前の小僧 :2000/10/12(木) 01:12
- 週刊漫画という形態ならば、テンポよく読み手を飛びつかせることができる。
日本において最初の漫画の消費者は、今と違って「気の散りやすい」子供だから。
と思いましたが、週刊漫画の始まりは、他誌より売り上げを上げるためでは
なかったかなあ。元少年ジャンプの編集者か、岡田さんの本でそのようなことが
書いてあったような。(かなりうろ覚え)
週刊誌の始まりの経緯を一回調べたほうがよいのかも。行ってこよう。
>348 夏目さんへ
わあ。しばらくパソコンの前でにやけ笑いが止まりませんでしたよ。
ありがとうございます。ドイツのおみやげ話、楽しみです。
帰ってこられてから質問しても、「そりゃどいつの話だい?」な〜んて、
とぼけないで下さいね。なんちゃって。
- 376 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 02:11
- >372
北欧型とかアジア型という比較文化論説は面白いけど、漫画出版の
ローテーションに一番の違いがあるのではないでしょうか。
こういう視点は大事ですね。
比較文化論、梅棹あるいは司馬遼的文明論、
はたまた山口昌男的文化人類学のステージってのは、
何千年、何万年の尺度で考えるべき範疇です。
マンガを考えるとすれば、
まずはそれを成り立たせる流通、物質的側面(本、雑誌、ページ数)、
それをまた支える社会システムの具体的な検証が大事です。
じゃないと、楽しいけどほんとに無責任で野放図な床屋政談になります。
じゃ、なぜ諸外国と違うシステムがあり、特異な働きをもたらすかっていう、
具体的な社会システムの背後に働く背景文化の問題が次にある。
それをさらに大きな枠組みで仮定するのが文明論ってことになる。
論理的なステージの違いをわきまえるのは、
どんな問題でも重要です。
- 377 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 02:20
- つづき。
でも、こういう文化論、文明論って、
じつは論理的には実証不可能な命題なのね。
だって科学実験みたいに、
同じ条件状況で何度も検証しなおせないから。
ところが歴史ってのは、つねにそう。
だから、社会学にはそうした限界がつきまとう。
でも、欧米人とマンガの話をすると、こういう話題が好まれる。
これって、要するに文化に対する距離感の問題だろうと思う。
遠いものは、大雑把な枠組みでしか捉えられない。
そのことの利点もまたあるけどね。
- 378 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 02:26
- さらにつづき。
・・・・・・というようなことを、
僕は、一時苦し紛れに日本マンガの固有性と言語論、文化論の短絡で語っていて、
優秀な若手研究者から批判されて、
彼から学んで考えたんです。
彼にはほんとに感謝してる。
- 379 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 02:49
- でもまぁ、この場所でかたいことばっかいっててもつまんないし、
知的与太話ってことで、いいんじゃないかと思うけど。
近所の喫茶店で、店主と「「アパートの鍵貸します」の女優だれだっけ」
みたいな話題から、シャーリー・マクレーン思い出すのに4日かかったり、
そういうの好きなんですよ。
その喫茶店のカウンターを「忘却のカウンター」と名づけたりね。
プラターズの「ハーバーライト」から昔のヨコハマの話になったり。
気楽にいきましょう。
- 380 :どわ :2000/10/12(木) 02:54
- 旧スレッドでの「メタ・レベル」に続いて、今度は「論理的なステージの違い」か。
ひょっとすると基礎的な事なのかもしれないけど、考えてなかった。
勉強になるなぁ。
- 381 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 03:03
- 夏目とそれを取り巻く阿呆ども。
お前等パンパンやな。
- 382 :★漫画板ガイドより★ :2000/10/12(木) 03:30
- / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 煽りがあらわれたどうしますか?ゴルァ!!
|
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|【荒らしの書き込みは『完全無視』】
| ・反応しないように 。レスも荒らしの一部です。モナー
\_____________
- 383 :魁!名無しさん :2000/10/12(木) 03:33
- >パンパン
野村沙知代
- 384 :じりりりりりん。@漫画板お客様相談センター :2000/10/12(木) 03:45
- てな感じですか。24時間営業っぽいですな。かわいらしい。
それにしても夏目さん・・・。いつまで起きてらっしゃるんですか。
風邪を引いたらドイツ行きが大変ですよ。
- 385 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 08:35
- メディアミックス化せんことには今は漫画は売れない。
- 386 :いち漫画書き :2000/10/12(木) 08:38
- レス1の内容が子供を喜ばせるだけだ。と言う事を理解した上で
>なぜsageなければいけないのか
といっている人は 子供に何ができるんだ と言いたいのでしょう。
2ちゃんの常連さんと子供の どちらが恐いかといえば 間違いなく子供の方ですよ。
常連さんは2ちゃんのルールさえ守っていれば何も言いません。
このスレは 前のスレを使い切る前に立ったという点で 明らかにルール違反ですし
レス1の内容は 夏目さんを知らない人を煽っているともとれます。
その上 安易にスレッド立てるといえば 怒られて当然だと思います。
323のレスは 当然かつ良心的なレスだと思いますよ。
常連さんは 表紙が重くなるのを嫌います。
回線が混んでいる時は ちょっとした容量の差が 飛ぶ飛ばないを左右します。
長文が続く時はsage、レス1の内容は簡潔に、むやみにスレを立てない、
レスの名前は短く、・・・
これらはすべて 漫画板の表紙を軽くするための配慮です。
このスレは長文が多いので あがると大量のレスが表に出ます。
せめて混み合う時間帯には sageてはどうでしょう。
くだらないことを、と思われるでしょうが 我々がこのスレを大事に思うように
常連さんも 2ちゃんねるを大事にしているのです。
- 387 :いち漫画書き :2000/10/12(木) 08:38
- どうして子供が恐いのか。
ハイスペックマシン、太い回線、優秀なプロキシサーバのアドレス、時間
これだけあれば スレを荒らすのは 誰にでも出来ます。
回線の空いた時間帯を狙って 1分間に2レスすれば 1時間で120レスです。
アルファベット1文字のレスが120も並んでは 我々の書く気力も失せます。
子供を 荒らしへと駆り立てるような言動を 控えるのはもちろんですが、子供は
何がきっかけで荒らしになるか予測できませんから 近づけないのが一番です。
レス1の内容は ここが子供用のスレであるともとれるので 子供の目に触れぬ様
sageてはどうかと言っているのです。
それでもあげたい と言う人はどうぞお好きにしてください。
- 388 :いち漫画書き :2000/10/12(木) 09:22
- >>316
ありがとう!じゃあ もう少し突っ込んでみようか。
兄 > 何をやらせてもずば抜けている。しかし 熱中できず、すぐ投げ出す。
熱くなるためなら 命を危険にさらすのも惜しまない 自己破滅型
弟 > なんでも起用にこなすが 兄には及ばない。しかし 一つの事に熱中すると
とことんのめりこんで、確実に結果を出す。立身出世型
当然 弟は兄貴に憧れてるんですが 兄貴はどう思ってんのかな。
今度会ったら聞いてみよう(笑)
- 389 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 09:34
- いち漫画書きさん…おとなしくマンガ描いてて下さい。
- 390 :優馬 :2000/10/12(木) 10:03
- 手塚治虫を登場させたもの
日本でなぜ「マンガ」がこんなにも興隆したか?
それは手塚治虫がいたから、というのはひとつの答えですが、手塚の活躍を
可能とした日本独自の条件があったと思います。もし、手塚が同時代のドイツに生まれていたら、「虫好きの絵の上手なお医者さん」で終わっていたと思います。手塚の登場とマンガの勃興は、日本独自の歴史的条件を抜きにしては
考えられません。それは;
1)庶民の高い識字率と「娯楽としての読書」習慣の存在
江戸時代の黄表紙本以来、「絵付きの本」を娯楽として読む習慣があった。
また、ビジュアルな表意文字である漢字を使いこなしていたことは、マンガの
ビジュアル表現を発展させる土台となった。
2)戦争による大衆娯楽インフラの喪失
空襲と兵役のために大衆娯楽の物的人的インフラが失われた。その空白を、
手塚という天才が埋めた。
3)マンガという「超」省資源メディア
物資のない昭和二十年代、紙とペンとインクだけで製作できるマンガの
「省資源性」は他メディアに対して優位性があった。
※補足として、日本では明治維新と敗戦と、短い間に二度の「文化大革命」を経験しているため、欧州と異なり「高級文化」の「低級文化」に対する優越性
が弱い。これが「大人もマンガに読みふける」という日本の現状の基盤だと思
います。
- 391 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 10:23
- >>390
ちょっと強引すぎるような……
それに手塚が同時代のドイツでは成功し得なかったという説明にはなってないのでは?
>補足として、日本では明治維新と敗戦と、短い間に二度の「文化大革命」を経験しているため、
>欧州と異なり「高級文化」の「低級文化」に対する優越性
これに関しても、明治維新以後ではなく、もっと歴史的な背景があると思いますが。
が弱い。こ
- 392 :魁!名無しさん :2000/10/12(木) 10:29
- >>390
「大人もマンガに読みふける」のは、子供の頃マンガを読んで育った
世代が大人になったからではないでしょうか?
手塚、石森らによるマンガレベルの向上や劇画の隆盛がおこるまでは、
やはりマンガは「タンクタンクロー」とか「イガグリ君」とか、あくまで
子供のモノでしかなかった、大人が読むには耐えないものであったと思うのですが。
まぁ、政治風刺なんかの滑稽本は、いまでいうマンガのような役割を果たして
いたようなので、大人でもマンガを読む習慣があった、ということはいえるかも
しれません。ただそれはあくまで「知的」なもので、単純に娯楽のためにマンガ
を読むようになったのはもっと後ではないかと思います。
- 393 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 10:32
- 「高級文化」「低級文化」がなんのこっちゃようわからんのですが…
- 394 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 10:38
- 「日本だけがなぜ」論の中で、一部で『「漢字かな交じり」という表記は、文字と言うより画と文字の組み合わせであり、これはマンガ表記に近い。これでなれている日本人は、一応の地ならしができているから受容しやすく栄えたのだ』という仮説がありますが皆さんどうですかね。
記憶では呉智英が最初?に提唱、夏目氏もこれに近いことを言って、養老孟司が脳の機能がナンタラとかでもっと積極的に主張するようになったと記憶しているのですが。
- 395 :無名選手@投げたらアカん! :2000/10/12(木) 10:40
- ふむふむ。確かに中国の書には、
天からの上意下達、という雰囲気がありますね。
まあ、文明論は分かった気になれて楽しいってことで。
でもよくある「日本人は農耕民族だから」
って議論は、あんまり好きじゃないな。
日本人が狩猟をしなくなったのは、仏教伝来以降のほんの千年くらいだし、
ヨーロッパだって本来は日本と同じくらいには農耕民族だし。
っていうか、文明が興ったところってのは、
基本的には農耕に成功したからでしょ。まあいいか、関係ないし。
ところで、香港の「恋する惑星」「天使の涙」を撮った監督
(あれ、名前なんだっけ、ど忘れ)は、
シナリオというものを一切書かず、大まかな設定、イメージだけで、
後は現場のカメラワークと編集で映画を作り上げていますよね。
(クリストファー・ドイルという希代のカメラマンがいることも手伝うが)
これって、宮崎さんの映画作りと、比較して論じられるんじゃないかな?
- 396 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 10:49
- 電車の通勤時間でさえなにかしてないともったいないと感じたり
時間つぶしにといった発想をすることは週刊漫画に有利。
勤勉というか貧乏性なのか日本人は(笑)
今までの影響関係だけでなくてこれからを考えるために
西洋東洋論にはそろそろアフリカオセアニア南米とかもまぜてやってくれんかね
- 397 :無名選手@投げたらアカん! :2000/10/12(木) 11:12
- なぜマンガが隆盛したのか?という議論に関しては、
もうかなり言い尽くされた感があるのですが。
1「江戸時代から続く大衆文化の強靱さ」
山東京伝の作品なんて、挿し絵もついて、マンガに近いですよ。
2「江戸時代から続く出版文化の多彩さ」
テクスト以外の、浮世絵のようなマンガ的なものが主流だったとも言えるし。
3「手塚治虫の学歴」
帝国大学の医学部出身がマンガを描く、というのはインパクトあったでしょう。
(実際は専門部ですが)
4「手塚治虫の才能」
5「手塚治虫のプロデューサーとしての能力」
いわゆるトキワ荘に代表される、才能の育て方。
弟子をライバル視し、才能に嫉妬するなんて、
最高のプロデューサーですよ。
- 398 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 11:47
- >391
>それに手塚が同時代のドイツでは成功し得なかったという説明にはなってないのでは?
歴史において、そのような「たら、れば」式の説明はありえません。
我々にできることは、手塚が日本漫画史において果たした役割を考えることで、
他文化で手塚が存在し得なかったことの証明ではないのです。
- 399 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 11:56
- >394 『「漢字かな交じり」という表記は、
文字と言うより画と文字の組み合わせであり、
これはマンガ表記に近い。これでなれている日本人は、
一応の地ならしができているから受容しやすく栄えたのだ』という仮説
これについて、僕は論理的な限界があると考えます。
376〜378参照。
手塚によって日本マンガが、ということについて、
現在、彼以前の赤本、戦前の流通の問題の研究が進んでいます。
書店で目にできる情報の範囲では、
>390 優馬 さんの理解で、まず妥当かと思いますが、
研究の先端では、再検討に入っています。
朝日ソノラマ「誕生!手塚治虫」所収の宮本大人論文参照。
僕自身、ここの問題については、
いずれきちんと言葉にしたいと考えています。
- 400 :>▽< :2000/10/12(木) 12:08
- 橋本治さんは『その他たちよ!』所収の映画『バットマン』論のなかで、
アメリカならハリウッドに行くであろう人財が、日本の場合、マンガに流れた、と言った説を提示しています。
これ、けっこう納得のいく説明だと思いました。
- 401 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 12:20
- ちょっと前までは「人材」は
広告とか漫画とかにいってたけど、
今はゲーム業界に行っちゃってるよな。
- 402 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/10/12(木) 12:38
- その割には面白いゲームもないような…
マンガの方が才能がストレートに作品に表せるからかな?
- 403 :名無しさん :2000/10/12(木) 14:18
- 集団創作なんて、ヘタしなくても足の引っ張り合いだからねー。
- 404 :どわ :2000/10/12(木) 14:22
- フキダシが使われるようになったのは、何時からなんだろう?
- 405 :無名選手@投げたらアカん!改めY :2000/10/12(木) 15:10
- ついついここでは固定ハンドルだったことを忘れてた。
今まで野球板の名無しハンドルで書いていたのはYです。
>>402
いや、マンガとゲームでは求められてる才能が違いますよ。
ゲームは、ただのアイデアは無用で、「実現できるアイデア」だけが重要なのです。
糸井重里さんが昔、任天堂に意気揚々と企画書を持ち込み、
宮本茂に「実現できるんなら面白いですよね」と言われ、
その言葉の真の意味に気づいて、帰りの新幹線で大泣きした、
というエピソードあり。
糸井重里はマンガ家ではないけれども。
ゲームに必要な才能は、むしろ建築とか工業デザインとかの世界に近いと思うな。
- 406 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 15:28
- 今の四十代くらいの世代は子どもの頃から小説家より漫画家になりたかったヤツが多い。
(<含む、オレ)
漫画家になり損なって小説を書いて当てた代表選手>山田詠実
確か「山田双葉」という名前でエロチックなマンガを描いていた。
けっこううまかったのだが。
- 407 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 15:37
- 「漢字かな交じり」がマンガに近いなら
縦書きで絵文字のヒエログラフ書いてたエジプト人はマンガ好きだな、きっと。
- 408 :402 :2000/10/12(木) 15:52
- >>405
確かにマンガの才能が必ずしもゲームに通じるとは限らないでしょうね。
>ゲームは、ただのアイデアは無用で、「実現できるアイデア」だけが重要なのです。
こういうことも含めて「マンガの方が才能をストレートに表せる」と書いたのですが。
でも人材の絶対数がマンガ→ゲームに移行すれば、
単純に分母が大きい分、面白いものが生まれる可能性はゲームの方が高まるはず。
(事実、糸井氏もゲームでヒット作を作ったわけだし)
それが実際にそうなっていないのは、
・集団創作であること
・技術的制約
・予算的制約
ってなことが原因でしょうか?
- 409 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 16:03
- >407 「漢字かな交じり」がマンガに近いなら
縦書きで絵文字のヒエログラフ書いてたエジプト人はマンガ好きだな、きっと
あははは、そうなんだよねぇ。
こういう茶々入れ好き。
僕も以前、マンガの悪影響云々の話のときよく、
「子どもの読者がマンガの主人公に同一化するってんなら、
俺なんざロボット(アトム)やお獅子(レオ)になんなきゃいけないじゃん」
とかいって、まぜかえしてた。
でも、この視点そのものは、ひじょうに大切です。
- 410 :夏目房之介 :2000/10/12(木) 16:05
- そういや最近、思わず笑っちゃう書き込みが少ない気が。
けっこうみんな真面目だよね。
- 411 :名無しさん :2000/10/12(木) 16:19
- >夏目氏
今度のマンガ夜話でなんかサイン出してほしいです。
2ch見てる人にわかるように。
- 412 :名無しさん :2000/10/12(木) 16:31
- モナーTシャツ着て出るとかどう?
http://gikoshop.tripod.co.jp/
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ´∀`)< オマエモナー
( ) \_____
| | |
(__)_)
↑モナー
- 413 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 16:45
- >漫画家になり損なって小説を書いて当てた代表選手>山田詠実
島田雅彦もそうだよね。ガロに持ち込みしてたとか。
- 414 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 17:30
- >縦書きで絵文字のヒエログラフ書いてたエジプト人はマンガ好きだな、きっと
そういや「ジョジヨ」にマンガ描いて未来を予知するエジプト人少年の敵役
がいたな。きっとエジプト人はマンガ好きだぞ。
- 415 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 18:39
- 夏目先生、ドイツの面白えマンガもチェックしてきて下さると
うれしいです。マンガに対する風当たりが強いとこでも頑張っている
人がいるはず。
- 416 :無名選手@投げたらアカん! :2000/10/12(木) 20:40
- >>408
いや、糸井氏が作ったとされているゲームは…
まあいいか、暴露話スレッドじゃないし。
もちろん、流れ込む才能の数は多ければ多いほど、
いいことは確かですね。
- 417 :どわ :2000/10/12(木) 23:01
- >>395
>ところで、香港の「恋する惑星」「天使の涙」を撮った監督
>(あれ、名前なんだっけ、ど忘れ)は、
>シナリオというものを一切書かず、大まかな設定、イメージだけで、
ジョン・ウーだったけか?違うか?
ジェッキー・チェンの映画メイキングで見たんだけど、香港での映画作りって、
話題作の脚本を盗んで、本物より先に同じ映画を作ったりする奴がいるんだとか。
んで、本物の脚本は当日の現場で配ったりするし、台詞もどんどん変えるんだって。
- 418 :>417 :2000/10/12(木) 23:09
- 確か、ジョン・カーウァイとかいう監督では、、
- 419 :>417 :2000/10/12(木) 23:09
- 確か、ジョン・カーウァイとかいう監督では、、
- 420 :>417 :2000/10/12(木) 23:11
- 確か、ジョン・カーウァイとかいう監督では、、
- 421 :ああっ名無しさまっ :2000/10/12(木) 23:13
- すみません、sage入れ失敗しました。
- 422 :長文御免太郎 :2000/10/12(木) 23:27
- >417
その監督はウォン・カーウァイではありませんでしたかしら(うろ覚え)。
>404
吹き出し・・・それはキャンプ場でもくもくとみんなのご飯を準備する男の背中・・・
ってそりゃ「炊き出し」やねん。
・・・ご、ごめんなさいっ。
でも、フキダシとご飯を炊くときもくもくと上がる煙、これは全然無関係と
いうわけではないようです。
東洋美術には、夢の内容を、煙で表現する、という方法があるのです。
これは、絵画や彫刻、また仏典の中にも見られます。
例えば、荘子が蝶になった夢を見る、という故事を絵にした作品では、荘子の
背後にもくもくと白い煙(のようなもの)が上がり、その中に、ちょうちょが
描かれている、という表現が見られます。
この手法は、時を越えて受け継がれていきます。
仏典の中で、難しい仏の教えを、誰にでもわかりやすく説明できるように、
教えを書いた文章の前に、それを図解した絵をおまけにつけたり。ここにも、
煙の表現が登場します。
んで、煙は海を越え、日本にもやって来るのです。
浮世絵にも、いくつか煙による夢の表現や、時系列の違う場面を同じ画面に置く
ために煙を使用する、という作品が多く見られます。
この煙が、絵に音声という別の要素を併せるため、フキダシに姿を変えて、
漫画に登場したのだ!
じゃじゃ〜ん。どんどんどんどんどんどんどんどん(ティンパニ)。
そもそも漫画という表現手段って、どこから始まったんでしたっけ。
乏しい記憶を探ってみると、イギリス、という言葉がちらつくのですが・・・。
- 423 :長文御免太郎 :2000/10/12(木) 23:28
- だぶってしまった〜御免〜。
- 424 :まそが :2000/10/12(木) 23:48
- 宮崎駿の話だけど、時代劇の脚本書き上げたとかいう彼の文を昔読んだ事あったけど、
あれがもののけでないとしたら、お蔵入りになったんだろうか
- 425 :まそが :2000/10/12(木) 23:50
- 宮崎駿の話だけど、時代劇の脚本書き上げたとかいう彼の文を昔読んだ事あったけど、
あれがもののけでないとしたら、お蔵入りになったんだろうか
- 426 :どわ :2000/10/12(木) 23:50
- ガガーン!←白目になってる
キャンプ場でご飯が上手く炊けないのは、日本だけじゃなかったんだ!
>そもそも漫画という表現手段って、どこから始まったんでしたっけ。
>乏しい記憶を探ってみると、イギリス、という言葉がちらつくのですが・・・。
識字率の低いところでは、文字より絵の方が伝わりやすいだろうね。
東南アジアでは洪水の避難訓練に、村の広場で洪水の悲惨さを演劇にして演じたりするとか。
マンガのイギリス起源説、ぷりーず!
- 427 :まそが :2000/10/12(木) 23:55
- sage忘れ、御免。
- 428 :長文御免太郎 :2000/10/13(金) 00:17
- あわわわわ。フキダシを漢字変換した時にふと思いついたギャグだったのに。
そんな反応がうれしい私。てへ。
かなり昔の記憶なので、どこの資料で見たかも思い出せないんです。>イギリス起源
ちゃんとお答えできなくてすみません。
ちょっと発掘作業に逝ってきま〜す。
教典のおまけの絵>なんと言うか、現代風にいうと「も○みの塔」のようなものでは
ないかと個人的には思っております。
- 429 :まそが :2000/10/13(金) 00:26
- 鳥獣戯画っていつ頃だっけ。風刺画というより滑稽画になるけど
- 430 :どわ :2000/10/13(金) 00:41
- >>429
検索したら、こんなHPがあった。
ttp://www.lint.ne.jp/~meirokun/tyojugiga.htm
- 431 :花と名無しさん :2000/10/13(金) 01:03
- >411
しょーもないこと言うなよ
それよりも「夏目の目」でどこがとりあげられるか、予想したほうが楽しいかも。
めちゃめちゃ鋭いポイントを突いて、
「ぐはぁ、先に言われちゃったよ」と夏目先生に言わせてみようぜ。
今回のラインナップは読んだことがない作品ばかりだから、俺には無理だが(笑
- 432 :どわ :2000/10/13(金) 01:06
- >>429
鳥獣戯画って、よくマンガの先祖って言われるけど、たしかに面白いな。
800年くらい前の作品が面白いってのはすごい。
生臭坊主は昔っからいたってことか…。
- 433 :ああっ名無しさまっ :2000/10/13(金) 01:15
- >>428
も○みの塔・・・そうなのか(笑)
おまけに絵がついてる経典ってのはよく知らないんですが、経典を解釈して絵にしたもの
としては当麻曼荼羅とかありますよね。観無量寿経の教えをコマで割って描いてるのがな
んか漫画っぽいなあと前から何となく思ってたりする。
あと、吹出しというと六波羅密寺に「南無阿弥陀仏」の言葉が仏となって飛び出したとか
いう有名な空也上人像がありますが、あれってなんか吹出しっぽくないすか。
- 434 :まそが@あとは寝ます :2000/10/13(金) 02:01
- 鳥獣戯画のある寺周辺ではみやげ物屋にあの絵のキャラクターグッズ(笑)があって結構売れてるんだそうだ。実際自分も湯のみとか扇子とか欲しかったりする。吉田戦車みたいで可愛いからね
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0ch BBS 2004-10-30